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ドイツ祖国党

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ドイツの旗 ドイツ帝国政党
ドイツ祖国党
Deutsche Vaterlandspartei
議長 アルフレート・フォン・ティルピッツ
副議長 ヴォルフガング・カップ
成立年月日 1917年9月2日
解散年月日 1918年12月10日
後継政党 ドイツ国家人民党
本部所在地 ドイツの旗 ドイツ帝国
プロイセンの旗 プロイセン王国、ベルリン
党員・党友数
125万人
1918年[1]
政治的思想・立場 極右
保守主義
階級協調
反ユダヤ主義
公式カラー      
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ドイツ祖国党(ドイツそこくとう、ドイツ語: Deutsche Vaterlandspartei、略称: DVLP)は、第一次世界大戦末期のドイツに存在した極右政党ないし大衆組織[2]。1917年7月にドイツ帝国議会で採択された和解による講和を求める「平和決議」に反対し、あくまで勝利による平和を主張する保守派によって結成された[2]

ドイツ帝国の敗戦に伴い、その存在意義を失い解散した。

脚注

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  1. ^ 山田義顕 1986.
  2. ^ a b 木村靖二. 日本大百科全書(ニッポニカ). コトバンク. 2024年6月20日閲覧。

参考文献

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  • 山田義顕「ドイツ祖国党 1917-1918」『人文学論集』第4巻、大阪府立大学人文学会、1986年、17-30頁、doi:10.24729/00004685ISSN 02896192NAID 120006720829