ドイツの音楽

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ドイツの音楽(ドイツのおんがく)では、ドイツにおける音楽について述べる。

概要[編集]

ドイツは、18世紀後半以降の音楽史で、同系国家であるオーストリア(1866年まではドイツ連邦議長国)とともに独占的ともいえる地位を築き、現在もヨーロッパの歌劇場(オペラハウス)の過半数[1]、全世界のオーケストラの4分の1以上[2]がドイツにあるといわれる。

現在のドイツ連邦共和国の領域に限ってもヨハン・ゼバスティアン・バッハルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンヨハネス・ブラームスの「ドイツ三大B」をはじめとして、ロベルト・シューマンフェリックス・メンデルスゾーンリヒャルト・ワーグナーリヒャルト・シュトラウスなどクラシック音楽史上に名を残す作曲家や演奏家を多数輩出した。今日のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団をはじめとする世界クラスのオーケストラ音楽祭も多い。オーストリアからはフランツ・ヨーゼフ・ハイドンヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトフランツ・シューベルトアントン・ブルックナーグスタフ・マーラーらが有名だが、マーラーを除いては完全にドイツ諸邦の盟主とみなされていた時代の出身であり、文学と同じく同言語圏を一括りにして語られることが多い(相互の移動や各時代における国民意識など分離して考えることが困難なため、ベートーヴェンがドイツ音楽でブルックナーはオーストリア音楽というような分け方はほとんどされない。フランツ・リストら東欧植民ドイツ人から帰還活躍しドイツ楽派と呼ばれる存在もいる)。世界最大のクラシック音楽大国とされている。指揮者も同様に著名な人物を多数輩出している。

オペラコンサート演劇への関心も強く、ある程度の規模の街には州立(国立と呼ばれる場合もある)ないし市立の歌劇場、オーケストラがある。各地の放送局が所有しているオーケストラ(バイエルン放送交響楽団北ドイツ放送交響楽団等)も総じてレベルが高い。オペラは、年間上演数がオーストリアとスイスのドイツ語圏をあわせるとイタリアの4倍近く、世界でも群を抜くオペラの中心国であり、諸外国からドイツ語を学んだ歌手が多く集まっている。逆にいえばドイツ人だけでは陣容を維持できない規模になっているともいえ、ポピュラー系のショービジネスや野球におけるアメリカに似た地位にある。そのほか、オペレッタ、ミュージカル、バレエ、ストレートプレイの上演も盛んである。特にストレートプレイについては、資本主義国では希少な公務員並の待遇の俳優が多数存在する国であり(他にオーストリアなど)、自国語を捨ててでも安定した身分で演劇に専心できる生活を目指して入国してくる外国人も少なくない。バレエも、オーストリアを含めてもめぼしい歴史的作品を生んでいないにもかかわらず、上演活動に関してはロシアと並ぶ2大国の座を占めている。

ポピュラー音楽については、1979年ジンギスカンの『ジンギスカン(Dschinghis Khan)』『めざせモスクワ(Moskau)』や、1980年代にネーナがアメリカ合衆国などでもヒットさせた『ロックバルーンは99(99 Luftballons)』などが知られている。

また最近では、旧・東ドイツの都市ライプツィヒの聖トーマス教会の少年合唱団出身者などにより結成されたディー・プリンツェンが、2002年サッカーFIFAワールドカップ日韓大会で活躍し、最優秀選手に選出されたドイツ代表のゴールキーパーであるオリバー・カーンをモチーフにした曲『OLLI KAHN』が話題を呼んだ。

ロック音楽では、おもなミュージシャンとしてプログレッシヴ・ロックタンジェリン・ドリームテクノの元祖クラフトヴェルクハード・ロックスコーピオンズマイケル・シェンカー・グループフェア・ウォーニングヘヴィ・メタルアクセプトハロウィンガンマ・レイブラインド・ガーディアンエドガイレイジプライマル・フィアラムシュタインなどの名が挙げられる。

テクノやトランスなどのクラブ系は、野外レイヴラブパレード」や屋内レイヴ「メーデー」が開催されるなど、ドイツ国内に広く普及している。テクノではベルリンのトレゾアやケルンのコンパクトなどのレーベルから世界中のアーティストが曲をリリースしている。トランスの分野では、東ベルリン出身のDJ・ポール・ヴァン・ダイクが『DJ Magazine』誌の人気投票で1位を獲得している。電子音楽エレクトロニカサウンドアートなども盛んであり、坂本龍一とのコラボレーションでも知られるアルヴァ・ノトが主催するレーベルRaster-Notonなど注目度が高い。

脚注[編集]

  1. ^ 吉田秀和「ヨーロッパの響 ヨーロッパの姿」中公文庫
  2. ^ 「音楽の友」2010年11月号