トーネード IDS

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トーネード IDS

ドイツ空軍のトーネード IDS

ドイツ空軍のトーネード IDS

トーネード IDS(Tornado IDS)は、イギリス西ドイツ(開発当時)、イタリアが国際協同開発した全天候型多用途攻撃機マルチロール機)である[1]

次世代機を共同開発する計画がヨーロッパ諸国とカナダの間で挙ったが、プロジェクトが本格的に実動する前にカナダ、ベルギーオランダが計画から脱退し、イギリス、西ドイツ、イタリアの3ヶ国で開発された。主に航空阻止を主任務とし、プロジェクトにより合理化され、要撃近接航空支援、艦艇攻撃、偵察などをこなすため多数の派生型が開発された。

実戦でもトーネードは湾岸戦争で最も危険な任務に従事し、入念な訓練や準備を重ねた作戦によって驚異的な戦果を挙げており、イラク戦争にも参加した。


経緯[編集]

1960年代の北大西洋条約機構西ドイツ(当時)、オランダベルギーイタリアカナダF-104G スターファイターの後継の攻撃機の検討を行っていた[2][3]。その結果、1968年1月に多任務航空機・MRA(Multi Role Aircraft)、後に多任務戦闘航空機・MRCA(Multi Role Combat Aircraft)の名称となる攻撃機の共同開発計画のワーキンググループが設置された[4][5][3]

イギリスはBAC TSR-2を1965年に開発中止し、F-111Kも1968年に開発中止、別途検討していたイギリス-フランス可変翼機(Anglo French Variable Geometry)計画も中止された[3][6]ことから、改めてアブロ バルカンブラックバーン バッカニアの後継機を選定する必要に迫られていた[7]。イギリスは、1968年7月に参加覚書を交わしている[3]

1969年3月26日にイギリスのBAC社、西ドイツのMBB社、オランダのフォッカー社、イタリアのフィアット社の4社は西ドイツにパナヴィア・エアクラフトPanavia Aircraft GmbH)社を設立した[7][2]。7月にはMRCA計画は6つの政府によって開始したものの、財政難を理由にベルギーとカナダが計画から脱退してしまった。後にベルギー空軍ジェネラル・ダイナミクスF-16 ファイティング・ファルコンカナダ空軍マクドネル・ダグラスF/A-18 ホーネットをそれぞれ選定した。しかし、10月にはMRCA計画の基礎が固まり、コストを抑えるため計画の進行に合わせて決定事項に署名する協定覚書をイギリス、西ドイツ、イタリアの3ヶ国が準備して参加国に署名させた。

RB199 エンジン
カナダのグースベイ航空基地英語版に駐留するドイツ空軍のパナヴィア トーネード

1969年7月にオランダのフォッカー社が脱退したため、作業はイギリスと西ドイツが分割し、残りはイタリアが担当した。1970年にはパナヴィア社と同様にイギリスのロールス・ロイス社、西ドイツのMTU社、イタリアのフィアット社によってターボ・ユニオン社が西ドイツで設立され、RB199ターボファンエンジンが開発された。

イギリスは将来的にF-4 ファントム IIに代わる防空戦闘機としての能力も欲していたため、イギリスは西ドイツとイタリアと単座にするか複座にするかで対立し、軍の要望によるECMの装備で価格が予定よりも高くなり、製造されたRB199 エンジンの性能不足などのトラブルも発生した。この戦闘機型の開発は、イギリスが独自に行うこととなり、後にトーネード ADVとして実用化されている。

試作機はイギリスで6機、西ドイツで6機、イタリアで3機の15機と地上試験用の1機を含めて計16機が製造された。西ドイツの試作機(P.01)は1974年8月14日に初飛行を行い、同月にトーネードと命名された(イタリアでの読みはトルナード)。西ドイツ空軍西ドイツ海軍航空隊イタリア空軍は単にトーネードと呼称したが、イギリス空軍は地上攻撃・偵察Ground attack/Reconnaissance)の用途を想定していたことからトーネード GRの名称を使用し、IDSはパナヴィア社が阻止攻撃(Interdictor-Strike)型として呼称した。イギリスの試作機(P.02)は2ヶ月後の10月30日に初飛行したが、イタリアは導入を遅らせるために試作機(P.05)が初飛行したのは1975年12月5日であった。

MRCA計画で必要となったのは、多種多様な兵装の装備を可能にすることであり、試作機はテスト飛行以外にもこれらの試験に使用された。試作機のP.06はマウザー BK-27機関砲の搭載試験を行い、他の試作機もナビゲート・システム、操縦系統などの試験が行われた。しかし、こういったテストを繰り返していたこともあって、4名の殉職者と共に2機の試作機が事故で失われた。

1976年7月にイギリス空軍、西ドイツ空軍向けのバッチ1の生産が承諾され、トーネードは本格的に配備に向けて動き出した。垂直尾翼の付け根にあるフェアリングの形状を変更した点と単純な試用改修を除けば、試作機から外見に目だった改良は行われていない。1979年にはイギリス向けの防空型(Air Defence Variant)、トーネード ADVの試作機が完成し、イギリス、西ドイツ、イタリアの三国共同訓練期間(TTTE)の覚書が署名された。1981年9月にはイタリア空軍向けのトーネードが生産された。

湾岸戦争[編集]

冷戦時、トーネードは30発のSG357子爆弾と時限爆弾としても使用可能な215個のHB876地雷を散布する爆弾ディスペンサーのJP233を装備し、高速で低空侵入することでレーダーの探知を逃れつつ爆撃を行い、飛行場の機能を奪うことが任務であった。

湾岸戦争時のサウジアラビア空軍機

その能力を冷戦において発揮することはなかったが、湾岸戦争においてトーネード GR.1だけが滑走路破壊兵器であるJP233の搭載能力と低空侵入能力を有していた。そのため、多国籍軍の空爆の第一撃を担った。F-4GF/A-18などと連携してイラクの飛行場を効率的に爆撃し、イラク軍の航空機を封じ込め、多国籍軍の制空権獲得に大いに貢献した。

イラク軍も飛行場の防備に対空兵器を備え、それらの対空砲火は制圧任務を過酷なものにさせた。イギリスのメディアはトーネードが緒戦における制圧の完了によって戦術を変更すると、「損失が小さいものではなかったため、中-高高度からのレーザー誘導爆弾による攻撃へと戦術を変更」と報じるほどで、こういった根拠のない報道によってイギリスのみならず日本でもトーネードの評価は低い。多国籍軍が湾岸戦争で失った航空機の公式発表は64機だが、低空攻撃任務で失われたトーネードはわずか4機で、軍の予想も下回る損失率であった[8]

飛行場制圧任務を終えたトーネードは1月21日より、中高度から無誘導爆弾を使用する爆撃任務に投入されたが、命中精度に優れた爆撃ができず、急遽、ペイブウェイ誘導爆弾を使った精密爆撃を行うためAN/ASQ-153 ペイブ・スパイクレーザー照射ポッド英語版を装備したブラックバーン バッカニアが派遣され、バッカニアがレーザー照射任務を引き受けることにより爆撃任務を遂行した。一方、トーネードだけで爆撃が実行できるように少数のTIALD英語版Thermal Imaging Airborne Laser Designator)ポッドも用意された。

生来の決意作戦[編集]

2015年からアメリカ主導で実施されている生来の決意作戦ドイツ空軍のトーネードが偵察機として参加しているが、2016年に実施されたソフトウェア・アップデートの後、操縦室補助照明の照度がパイロットの視力に影響を与えるほど上がり、夜間作戦を実施できない状態になっているという。[9]

機体[編集]

STOL(短距離離着陸)性、経済性、運動性だけでなく速度も考慮して可変翼を装備した。また、STOL性を良くするために、重量増加と機構の複雑化を忍んでまで、近代多用途機には珍しいスラストリバーサ(逆噴射装置)を取り付けている。その他の特徴として、世界初採用はF-16 ファイティング・ファルコンに譲ったものの、早期にフライ・バイ・ワイヤを採用したことも特筆される。

戦歴[編集]

各型[編集]

トーネード IDS
ドイツ空軍ドイツ海軍イタリア空軍サウジアラビア空軍が採用。ほとんどのNATO規格の兵装を装備することができる。ただし、サウジアラビア空軍のトーネードにはイギリス空軍のトーネードと同じ兵装が供給されている。ドイツとイタリアではJP233と類似のディスペンサー MW-1をトーネードに装備させた。
AS.34 コルモラン空対艦ミサイルを4発搭載することができ、これは当時、このクラスの機体としては他に類を見ない強力な対水上火力であった。
ドイツ空軍所属トーネード ECR
トーネード ECR
ドイツ空軍が開発した電子戦闘偵察型で、トーネードIDSを改修した機体。イタリア空軍も同様の機体を保有している。
レーダー対空砲火を制圧する敵防空網制圧(SEAD)の任にあたるため、機首の機関砲を2門とも撤去してレーダー波を察知・分析するシステムを搭載し、対レーダーミサイルAGM-88 HARMを主武装とする。
イタリア空軍のECRとドイツ空軍のECRの相違点は、イタリア空軍のECRは赤外線画像システムを搭載しているのに対してドイツ空軍のECRがSEADの任務に徹するため搭載していない点である。


トーネード RECCE
ドイツ空軍が開発した偵察型

イギリス空軍向け[編集]

イギリス空軍のトーネード GR.1
トーネード GR.1
イギリス空軍向けの機体であり、原則としてIDSと同じ機体である。1982年バルカン B.2との交代を皮切りに本格的に配備が開始された。後にALARM対レーダーミサイルを使用できるように改修され、敵防空網制圧(SEAD)も任務となった。


トーネード GR.1(T)
GR.1の練習機型であり、副操縦装置を有する[1][10]
トーネード GR.1A
写真撮影などの偵察任務のため機関砲を2門から1門に減らし、その箇所にレーザー測距・目標指示装置(LRMTS; Laser Range Finder and Marked Target Seeker)やTIRRS(Tornado Infra-Red Reconnaissance System)としてIRLS(Infra-Red LineScan)を装備した。これらの電子光学センサーは光学式カメラよりも全天候能力が高く、現像などの工程を省いて機上で撮影した画像を確認できた。
トーネード GR.1Aと命名され、1986年からGR.1から偵察型に改修された。新規に製造された機も含めて1996年からトーネード GR.4Aに改修された。
トーネード GR.1B
冷戦の終結により核打撃部隊から開放されて余剰となったトーネードを旧式化したバッカニアと交代するため、1994年から対艦攻撃能力を備えるトーネード GR.1Bに改修された。
しかし、イギリスが水上艦艇からの脅威に晒される機会も減り、シーイーグル英語版対艦ミサイルの寿命も終わりに近づいていたため、予算との兼ね合いで対艦攻撃専用機は必要ないと判断された。
GR.1BはGR.4に改修された。
イラク戦争に参加するGR.4
トーネード GR.4/トーネード GR.4A
1980年代半ばよりイギリス国防省はGR.1の改良するための寿命中期能力向上・MLU(Mid-Life Update)の研究を始めた。このアップデートはトーネードの低空侵入能力を維持しつつ、多用途性などの能力向上を狙った。1991年湾岸戦争の戦訓も含め、試作改修初号機は1993年に初飛行している[1]BAe(現BAE システムズ)社との契約が成立し、1996年からGR.1からGR.4への改修が始まり、2003年に完了した。
GR.4は電子機器や兵装システムが一新され、グローバル・ポジショニング・システム(GPS)の受信能力が備えられた他、広角ヘッドアップディスプレイ(HUD)、赤外線前方探索機器(FLIR)、暗視ゴーグル(NVG)なども追加装備された。この改修によりトーネードGR.4は夜間攻撃能力が向上したほか、レーダーに依存しない航法能力を獲得した。


トーネード ADV
イギリス空軍が開発した防空戦闘機型。

スペック (RAF GR.4/IDS)[編集]

トーネード IDSの三面図

出典: Aerospaceweb.org[11], Federation of American Scientists[12]

諸元

性能

  • 最大速度: マッハ2.2 (1,450mph)
  • フェリー飛行時航続距離: 3,895km (2,105海里)
  • 航続距離: 2,780km (1,500海里
  • 実用上昇限度: 15,240m (50,000ft)
  • 推力重量比: 0.55

武装

お知らせ。 使用されている単位の解説はウィキプロジェクト 航空/物理単位をご覧ください。

登場作品[編集]

漫画・アニメ[編集]

FUTURE WAR 198X年
対艦攻撃機として登場する。敵機に追撃されるが天候を利用して振り切っている。
HELLSING
リップヴァーンらミレニアム大隊に占拠された架空のインヴィンシブル級航空母艦「イーグル」を撃沈するために3機が空対艦ミサイルによる一斉攻撃を行うが、全てリップヴァーンに狙撃されて目標の手前で爆発した上、トーネードも3機全てパイロットを狙撃されて墜落する。

ゲーム[編集]

フィクショナル・トルーパーズ
メカール共和国軍のランク3として選択可能。ランク3唯一の複座機である。制空、爆撃両任務に対応可能。
なお、1980年代の時代背景からメカールの機体は中古では無いが、西ドイツイギリスイタリアのどこ製なのかは不明である。

出典[編集]

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  1. ^ a b c イギリスの軍用機1945-1995,株式会社デルタ出版,P141-142,1995年
  2. ^ a b Morris, Joe Alex Jr. "Messerschmitt Back in Business." St. Petersburg Times, 30 April 1969.
  3. ^ a b c d The British Bomber since 1914,Francis K Mason,Putnam,P399-403,ISBN 9780851778617
  4. ^ Scutts 2000, p. 53.
  5. ^ Jefford et al. 2002, p. 25.
  6. ^ "British-French Work On New Military Plane Periled by Cost Fight." Wall Street Journal, 22 June 1967.
  7. ^ a b Segell 1997, p. 124.
  8. ^ The Royal Air Force - Coastal Command History, www.raf.mod.uk (英語)
  9. ^ http://jp.sputniknews.com/europe/20160119/1458270.html
  10. ^ パナビア トーネード,イカロス出版,2013年,P36-41,ISBN 9784863207844
  11. ^ Aircraft Museum - Tornado IDS, www.aerospaceweb.org (英語)
  12. ^ Military Analysis Network - BAe Tornado, www.fas.org (英語)

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]