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トルコマーンチャーイ条約

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トルコマーンチャーイ条約
ガージャール朝の領土縮小と英露の勢力圏画定
署名 1828年2月21日
署名場所 トルコマンチャーイ英語版
締約国 ロシア帝国ガージャール朝
主な内容
関連条約 ゴレスターン条約
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トルコマーンチャーイ条約(トルコマーンチャーイじょうやく、: Туркманчайский мирный договор: عهدنامه ترکمنچای: Treaty of Turkmenchay)は、1828年2月21日ロシア帝国ガージャール朝の間で結ばれた、第二次ロシア・ペルシア戦争講和条約[1]

概要

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第二次ロシア・ペルシア戦争において、ロシア軍は1827年10月にタブリーズを陥落させた[1]。これを契機としてタブリーズの南東にあるトルコマンチャーイで講和条約が結ばれた[1]。本条約の16か条のほか、商業に関する9か条がある。

この中で、北アゼルバイジャン、アルメニアをロシアに割譲すること、ロシアの治外法権を認めること、カスピ海におけるロシア軍艦の独占通行権を認めること、500万トマンの賠償金を支払うことなどが定められた。

この条約を皮切りとして、ガージャール朝は他の西欧列強とも不平等条約を締結していった[1]。ロシアの治外法権は、1928年にパフラヴィー朝レザー・パフラヴィーが不平等条約を破棄するまで継続した[1]

出典

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関連項目

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