トリニトロン

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パソコン用ディスプレイとして使用されているトリニトロン管

トリニトロン (Trinitron) は、ソニーによって開発されたアパーチャーグリル方式のブラウン管のブランド名である。全世界で2億8000万台を販売[1]

概要[編集]

『トリニトロン』という名称は、三位一体を意味する英語Trinityトリニティ)”と、電子管の英語名“Electron Tubeエレクトロン・チューブ)”との造語で、ソニーの登録商標(日本第1010291号)となっている。

トリニトロン管の大きな特徴は、色選別機構にアパーチャーグリルと呼ばれるフィルターを使用していることと、「1ガン3ビーム方式」の電子銃を使用していることである[2]

アパーチャーグリル方式は、当時一般的だったシャドーマスク方式に比べ、低輝度でもコントラストが高く、画質面で非常に有利であった。また、シャドウマスク方式のブラウン管は、表示部が球面を切り取った形であるのに対し、トリニトロンは円筒の一部であったため表示のゆがみが少なく、画面へ写り込みにくいといった特徴を併せ持ち、本体としての見栄えも良かった(一部の機種では前面を表示部に合わせたデザインを採用していた)。

「1ガン3ビーム方式」は、1本の電子銃から3本[3]の電子ビームを出力する方式で、3本の電子銃から電子ビームを出力する従来の方式よりも電子銃の口径を大きくすることが可能なため、よりシャープなフォーカスが得られた[4]

主な欠点としては、アパーチャーグリルをワイヤーによって押さえる構造上、画面の上下に線の影が入ることがあげられる。

生産終了[編集]

ブラウン管テレビの需要低下により、トリニトロンカラーテレビの日本向け機種は2007年4月に生産終了。最後まで生産が続けられたのはKV-25DA65(デジタルチューナー非搭載・アスペクト比4:3)であり、これが日本国内でのトリニトロンカラーテレビの最終機種となった。なお、トリニトロン管を使用した業務用のビデオモニターについてもすでに生産終了となっている。

日本国内でのトリニトロンカラーテレビ販売終了後も、中南米市場向けにシンガポール工場にて生産を続けていたが、これも2008年3月で終了。トリニトロンの生産から完全に撤退し、41年の歴史に幕を閉じた[1]。なお現在でも「トリニトロン」というブランドの商標権は、ソニーが引き続き保有し続けている。

その他[編集]

  • トリニトロンカラーテレビの記念すべき1号機は、1968年に発売された「KV-1310」。1988年には当時世界最大だった45インチモデル「KX-45ED1」を発売している。同モデルは重量200kg、希望小売価格243万円(チューナー内蔵のKX-45ED1Tは252万円)という代物であった。
  • 松下電器産業(現パナソニック)の「パナカラー」や、日立製作所の「キドカラー」、東芝の「ユニカラー」に比べ、後発であるにも関わらず、その高画質と「ワンガンスリービーム」と連呼するCMソングによる宣伝が功を奏し、一躍ソニーを代表する商品となった。この功績が認められ、1973年には「エミー賞」を受賞している。
  • アメリカでの展示会を視察した技術者達の進言により技術導入したアパーチャーグリル方式のクロマトロンであったが生産性が低く開発は難航した。そのため『苦労マトロン』とも揶揄された。クロマトロンを元に徹底的に改良されトリニトロンが誕生した[5]
  • 1985年つくば万博では『SONYジャンボトロン』という巨大なテレビが展示されたが、これは技術的にはトリニトロンとは無関係である。

基本特許失効後の主要な他社製品[編集]

トリニトロン関係の基本特許を持つソニーの方針により、各社はトリニトロン方式のブラウン管を製品化することができなかった。トリニトロンの基本特許が切れた後に、三菱電機が同じ方式のダイヤモンドトロン(こちらは3ガン式)を製品化した。

脚注[編集]

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  1. ^ a b ソニー、トリニトロンの生産終了 - ITmedia News” (2008年3月3日). 2008年3月31日閲覧。
  2. ^ 両機構ともトリニトロン管のためにソニーが開発した技術。なお、ソニーは後に3本の電子銃を採用したトリニトロン管も発売している。
  3. ^ 電子ビーム自体が色を持っているわけではなく、ブラウン管表示面の内側にある蛍光体に電子ビームが当たることで発色している。
  4. ^ ただし、ソニーはダイナミックレンジを大きく取る事に注力した設計を行ったため、フォーカス特性では他メーカー製品に一歩譲る場合が多かった。
  5. ^ エピソード