トマス・キール

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トマス・ヘンリー・キール(Thomas Henry Keell、1866年9月24日1938年6月26日)は、イギリス組版工、アナキスト系の定期刊行物であった『Freedom』の編集人[1][2]。キールは、1907年アムステルダム国際アナキスト大会(International Anarchist Congress of Amsterdam)に参加し、エマ・ゴールドマンに「ロンドンの『Freedom』に拠る最も熱心な同志のひとり」として歓迎された[3]。キールはまた、『Voice of Labour』にも長年寄稿し、第一次世界大戦参戦に、公然と反対した [4]1916年の『Freedom』関連施設の強制捜査の際には、事実上の伴侶であったリリアン・ウルフ(Lilian Wolfe)とともに逮捕され、ともに投獄された。2人は後に、1920年代から1938年のキールの死まで、グロスタシャー州のホワイトウェイ・コロニーに住んだ[4]

出典・脚注[編集]

  1. ^ Barclay 1986, p. 20
  2. ^ Graur 1997, p. 119
  3. ^ Goldman 1970, p. 403
  4. ^ a b Avrich 2006, p. 512

参考文献[編集]

関連項目[編集]