トゥール・ムハメット

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トゥール・ムハメット(Tur Muhammet、1963年 - )は、東トルキスタン出身のウイグル人で、日本を拠点とする人権活動家農学博士2015年より日本ウイグル連盟代表[1]

経歴[編集]

1963年[1]、東トルキスタン(中華人民共和国新疆ウイグル自治区)のボルタラ市に生まれる。1981年北京農業大学中国農業大学の前身)に入学し、卒業後、1985年から1994年にかけて東トルキスタンの新疆農業大学英語版で講師を務める。その後、1994年に来日して九州大学に留学[2]

さかのぼる1989年に、北京市天安門広場でデモをしていた丸腰の学生や民衆を人民解放軍戦車が轢き殺したという人権蹂躙の事実(六四天安門事件)を、ムハメットは留学先の日本で初めて知って衝撃を受けた。また、九州大学大学院に在学中の1997年2月、東トルキスタンのグルジャ市で抗議デモをしていたウイグル人たちを中国当局の警察が発砲して弾圧、数百人もの民衆が犠牲になるという痛ましい事件(グルジャ虐殺)が発生したため、この虐殺事件を看過ごさず、写真やビデオを携えて福岡県内のロータリークラブに行き、そこでグルジャ事件について30~40人の聴衆の前で包み隠さず中国当局による人権蹂躙の実態を話した。当時は未だ日中蜜月期であったため、聴衆の多くは日中友好に水を差すような内容を煙たがった[3]。しかし後日、別のロータリークラブからも実態を話して欲しいとの要請を受けて、今後もう中国へは帰れなくなるであろうと腹を括った上でこれを快諾、人権活動家としての道を歩み始めた[4]

グルジャ事件を経てもなお中国当局による人権弾圧は止むことがなく、2009年には東トルキスタンの首府ウルムチ市で抗議デモを行っていた丸腰の大学生数百名が虐殺され(2009年ウイグル騒乱)、また、2014年にもヤルカンドで約百名とも約千名とも言われるウイグル人や漢民族が中国当局により虐殺されており、ムハメットは、天安門事件やグルジャ虐殺などと併せて中国当局による人権蹂躙の状況を指し、「中共の支配の下で、東トルキスタン全体は屋根の無い巨大な刑務所になっています!」と痛烈に批判している[5]

2015年10月18日、同日付で世界ウイグル会議への参加資格を失った日本ウイグル協会に代わり、世界ウイグル会議の新しい構成団体として日本ウイグル連盟が発足、ムハメットが会長に就任した[6]

出典[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

公職
先代:
イリハム・マハムティ日本ウイグル協会代表)
Kokbayraq flag.svg 日本ウイグル連盟代表
2015年~
次代:
(現職)