デレク・ハートフィールド

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デレク・ハートフィールド(Derek Heartfield 1909年-1938年)は、村上春樹の小説『風の歌を聴け』の中に登場する架空の人物。主人公の「僕」が最も影響を受けた作家として登場する。

代表作は冒険小説と怪奇モノを掛け合わせた『冒険児ウォルド』シリーズで、全42編。

概要[編集]

以下、この節の記述は全て『風の歌を聴け』の中で語られる架空の情報である。

生涯[編集]

1909年アメリカ合衆国オハイオ州の小さな町に生まれる。父親は無口な電信技師、母親は星占いとクッキーを焼くのがうまい小太りな女であった。幼少時代は友人が少なく、暇を見つけてはコミック・ブックやパルプ・マガジンを読み漁り、母のクッキーを食べ過ごした。ハイスクール卒業後は郵便局員を経て小説家になる。

好きなものは銃と猫と母親のクッキーだけであり、銃に関しては全米一のコレクターであった。

1938年に母が亡くなると、同年の6月のある晴れた日曜日の朝、右手にヒットラーの肖像画を抱え、左手に傘をさしたままエンパイア・ステート・ビルの屋上から飛び降り、蛙のようにペシャンコになって死んだ。彼の墓碑には遺言に従って「昼の光に、夜の闇の深さがわかるものか」というニーチェによる言葉が刻まれている。

「僕」曰くハートフィールドは「ストーリーは出鱈目で、テーマも稚拙な不毛な作家だったが、ヘミングウェイフィッツジェラルドなど同年代の作家の中では言葉を武器として闘うことのできる数少ない作家だった」。

言葉に「文章をかくという作業は、とりもなおさず自分と自分をとりまく事物との距離を確認することである。必要なものは感性ではなく、ものさしだ。」「私はこの部屋にある最も神聖な書物、すなわちアルファベット順電話帳に誓って真実のみを述べる。人生は空っぽである、と。」「誰もが知っていることを小説に書いて、いったい何の意味がある?」「宇宙の複雑さに比べればこの世界などミミズの脳味噌のようなものだ。」などがある。

年表[編集]

  • 1909年 アメリカ合衆国オハイオ州の小さな町に生まれる。
  • 19XX年 ハイスクールを卒業。郵便局に勤める。
  • 1930年 5 作目の短編が「ウェアード・テールズ」に売れる。稿料は20ドル。
  • 1931年 月間 7 万語ずつ原稿を書きまくる。
  • 1932年 月間 10 万語ずつ原稿を書きまくる。
  • 1937年 月間 15 万語ずつ原稿を書きまくる。
  • 1938年 エンパイア・ステート・ビルから投身自殺。

作品[編集]

  • 「気分が良くて何が悪い?」 What is so bad about feeling good?1936年
  • 「虹のまわりを一周半」(1937年
  • 「冒険児ウォルド」
  • 「火星の井戸」

参考文献[編集]

  • トーマス・マックリュア「不妊の星々の伝説」 Thomas McClure; The Legend of the Sterile Stars1968年

逸話[編集]

  • 大学図書館などでは、「デレク・ハートフィールドの著作を読みたい」という学生のリクエストに応えて司書が著作を探しては首をかしげるという誤解が後を絶たない(久保輝巳著『図書館司書という仕事』「1章 ある図書館司書の生活」はこのエピソードを描いたものである)。
  • 昭和58(1983)年4月の『幻想文学』の村上春樹のインタビュー内にて、某洋書店がデレク・ハートフィールドの註文を受け迷惑したことや、出版社で架空の人物をあとがきに書いたことなどが問題になったことも語っている。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]