デル・マクーリー

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デル・マクーリー(Del McCoury) ことデラノ・フロイド・マクーリー(Delano Floyd McCoury、1939年2月1日 - ) は、アメリカ合衆国ブルーグラスミュージシャン

ペンシルベニア州ヨーク生まれ。2人の息子、マンドリン奏者のロニー・マクーリーとバンジョー奏者のロビー・マクーリーの所属するデル・マクーリー・バンドのリーダーでリード・ヴォーカル兼ギター奏者である。

2010年6月、全米芸術基金からの特別功労賞であるNational Heritage Fellowship を受賞し、2011年、国際ブルーグラス・ミュージック殿堂に選ばれた。

経歴[編集]

マクーリーはブルーグラス界で長い経歴を持つ。当初はバンジョー奏者として雇われたが、1963年、ビル・モンローのバンドであるブルー・グラス・ボーイズでリード・ヴォーカルとリズム・ギターとして彼が初登場したのは『グランド・オール・オープリー』の舞台であった。1964年、メリーランド州バージニア州、ペンシルベニア州でアマチュア・ミュージシャンを続けつつ、建築や伐採など数々のアルバイトを始めるまでゴールデン・ステート・ボーイズで短期間演奏していた[1]

1980年代、息子達が一緒に演奏するようになった。1990年代、フィドル奏者のタッド・マークスとベース奏者のマイク・ブラントレーがマクーリーのバンドに加入。マクーリーのバンドは全米に広くツアー公演するようになった。その後、彼らが注目されるようになったテネシー州ナッシュビルに拠点を移した。1992年、フィドル奏者のジェイソン・カーター、ベース奏者のマイク・バブが加入。2005年、ベース奏者のアラン・バートラムが加入。2003年10月、マクーリーはグランド・オール・オープリーのメンバーとなった。

2009年5月3日、ピート・シーガーの90歳の誕生日を祝うマディソン・スクエア・ガーデンで行なわれた『The Clearwater Concert 』に出演し、多数のミュージシャンと共演した。

マクーリーは何度か共演し[2][3]、彼の曲をカヴァー[4]したフィッシュなど多数のバンドに影響を与えた。ザ・ストリング・チーズ・インシデントDonna the Buffalo と共演し、Steve Earle と共にレコーディングを行なった[5]。また彼はラヴィン・スプーンフルトム・ペティRichard Thompson など様々なアーティストの曲をカヴァーした[4]ボナルー・フェスティバルHigh Sierra Music Festival [1]Hardly Strictly BluegrassNewport Folk Festival [6]などの音楽フェスティヴァルにも出演している。テレビでは『レイト・ナイト・ウィズ・コナン・オブライエン』、『レイト・ショー・ウィズ・デイヴィッド・レターマン』などに出演[7]。彼の熱心なファンは「Del-Heads 」と呼ばれる。

2009年10月、デル・マクーリー・バンドはコンサート直後にファンによるカヴァーをUSBメモリで募集した[8]

2010年6月、全米芸術基金からフォークおよび伝統芸能の分野で25,000ドルと共に特別功労賞を得た[9]

デルフェスト[編集]

2008年からメリーランド州カンバーランドAllegany County Fairgrounds で毎年ブルーグラス・フェスティヴァル『デルフェスト』を開催[10]。デル・マクーリー・バンドはフェスティヴァル開催期間中毎晩出演する。

2012年5月、第5回デルフェストが開催され[11]スティーヴ・マーティン with Steep Canyon RangersYonder Mountain String BandLeftover SalmonInfamous StringdustersRailroad EarthBéla Fleckサム・ブッシュなど多くがブルーグラスを演奏した。彼らの多くはこれ以前のフェスティヴァルにも出演していた。

これまでPeter RowanDavid GrismanJesse McReynoldsThe Avett BrothersOld Crow Medicine ShowPsychograss などが出演した。

ディスコグラフィ[編集]

受賞歴[編集]

国際ブルーグラス・ミュージック協会賞をこれまで31回受賞。うち4年連続[12]計9回[6]Entertainer of the Year を受賞し、男性ヴォーカリスト賞を4回受賞した。2004年、アルバム『It's Just The Night 』がグラミー賞の最優秀ブルーグラス・アルバム賞にノミネートされ、2006年、アルバム『The Company We Keep 』が同部門でグラミー賞を初受賞した[6]

国際ブルーグラス・ミュージック協会賞[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b GACTV December 5, 2005, accessed February 11, 2006(2006年1月4日時点のアーカイブ
  2. ^ [1], accessed February 11, 2006
  3. ^ [2], accessed February 11, 2006
  4. ^ a b [3], accessed February 11, 2006
  5. ^ National Public Radio, Morning Edition June 20, 2005 broadcast, accessed February 11, 2006
  6. ^ a b c [4], accessed February 11, 2006.(2006年4月14日時点のアーカイブ
  7. ^ [5], accessed February 11, 2006.(2006年4月14日時点のアーカイブ
  8. ^ http://aderra.net/store/index.php?main_page=product_info&cPath=4&products_id=11
  9. ^ http://artsbeat.blogs.nytimes.com/2010/06/24/nea-will-honor-18-artists/ NEA Will Honor 18 Artists
  10. ^ DelFest website accessed May 9, 2009
  11. ^ DelFest website retrieved 6-6-2012
  12. ^ [6], accessed February 11, 2006

外部リンク[編集]