デルフォ・カブレラ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
獲得メダル

デルフォ・カブレラ
アルゼンチンの旗 アルゼンチン
陸上競技
オリンピック
1948 ロンドン 男子 マラソン

デルフォ・カブレラ(Delfo Cabrera、1919年4月2日- 1981年8月2日)は、アルゼンチン陸上競技選手。1948年ロンドンオリンピック男子マラソンの金メダリストである。

経歴[編集]

カブレラは、アルゼンチン北部のサンタフェ州出身。青年時代はサッカーの選手であったが、1932年のロサンゼルスオリンピックのマラソンで、ファン=カルロス・サバラが金メダルを獲得したのに感化され陸上に転向した。

1938年にブエノスアイレスに転居。同年の国内選手権の5000mで優勝し初めての国内タイトルを獲得。その後、カブレラはさらに9つのタイトルを獲得するが、マラソンで優勝したことはなかった。

カブレラは、第二次世界大戦では陸軍に従軍。そこで後のアルゼンチン大統領となるフアン・ペロンと出会う。戦後はペロンの友人として、ペロン率いる正義党(ペロン党)の党員として精力的に活動。1949年には勲章を授かっている。

1948年ロンドンオリンピックは、カブレラにとって初めての大きな国際舞台となった。この大会カブレラはマラソンに出場。レースはベルギーエティエンヌ・ガイイが終始レースを支配。ところが、ガイイは先頭でスタジアムに現れたものの、残り400mで転倒。起き上がったものの再び転倒。40年前のロンドンオリンピックドランド・ピエトリの悲劇の再現となってしまった。この間に、カブレラと、イギリストーマス・リチャーズがガイイを追い抜き、カブレラがリチャーズに16秒差を付け金メダルを獲得した。

カブレラは、4年後のヘルシンキオリンピックのマラソンにも出場したが6位に終わっている。その後、1954年のボストンマラソンで6位という結果を残し現役を引退。引退後は体育教師となった。

主な実績[編集]

大会 場所 種目 結果 記録
1948 オリンピック ロンドン(イギリス) マラソン 1位 2時間34分52秒
1951 パンアメリカンゲームズ ブエノスアイレス(アルゼンチン) マラソン 1位 2時間35分01秒

外部リンク[編集]