デュルタル

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Durtal
Blason ville fr Durtal (Maine-et-Loire).svg
Durtal Castle Loire Valley 2007b.jpg
行政
フランスの旗 フランス
地域圏 (Région) ペイ・ド・ラ・ロワール地域圏Blason région fr Pays-de-la-Loire.svg
(département) メーヌ=エ=ロワール県Blason département fr Maine-et-Loire.svg
(arrondissement) アンジェ郡
小郡 (canton) ティエルセ小郡
INSEEコード 49127
郵便番号 49430
市長任期 コリンヌ・ボベ[1]
2014年 - 2020年
自治体間連合 (fr) C.C. des Portes-de-l'Anjou
人口動態
人口 3382人
2013年
人口密度 56人/km2
地理
座標 北緯47度40分22秒 西経0度14分24秒 / 北緯47.6727777778度 西経0.24度 / 47.6727777778; -0.24座標: 北緯47度40分22秒 西経0度14分24秒 / 北緯47.6727777778度 西経0.24度 / 47.6727777778; -0.24
標高 平均:34m
最低:21m
最高:94 m
面積 60.58km2
Durtalの位置(フランス内)
Durtal
Durtal
公式サイト Ville de Durtal
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デュルタルDurtal)は、フランスペイ・ド・ラ・ロワール地域圏メーヌ=エ=ロワール県コミューン

地理[編集]

ボージョワ地方に属する、アンジューのコミューンである。レ・ラリの北西に位置する。コミューン面積の南側をロワール川 (支流)が流れている。

由来[編集]

1030年にはラテン語化された名(Castrum) Duristalliであったことが証明されている。フランスのこの地域では非常にまれな、ゲルマン語が含まれた地名のひとつである。ゲルマン語の-stallは、未知の要素によって先行してできている。

歴史[編集]

いくつかの出土品は、コミューンの地に先史時代およびケルト人が定住していたことを指し示している。磨かれた石斧、青銅の斧、斧や剣、矢じりの断片、ラ・テーヌ文化の腕輪や青銅のシカが見つかっている。ラ・グランド・ピエールという場所にはかつて巨石記念物があった。この古代の定住地は、ロワール川支流の渡河地点とつながっていた[2]

コミューンとしてのデュルタルの誕生は、アンジュー伯フルク・ネラによってデュルタル砦が築かれた1040年にさかのぼる。

中世のデュルタルはボージュのセネシャル管区に含まれていた。アンシャン・レジームからフランス革命前夜まで、町はラ・フレーシュのエレクション(行政上、財政上の区画)管区に含まれていた。

人口統計[編集]

1962年 1968年 1975年 1982年 1990年 1999年 2008年 2013年
3102 3161 3251 3240 3195 3224 3325 3382

参照元:1962年から1999年まで人口の2倍カウントなし。1999年までEHESS/Cassini[3]、2004年以降INSEE[4][5]

ギャラリー[編集]

姉妹都市[編集]

脚注[編集]

参考文献[編集]

  • Célestin Port, Dictionnaire historique, géographique et biographique de Maine-et-Loire et de l'ancienne province d'Anjou : D-M, t. 2, Angers, H. Siraudeau et Cie, 1978, 2e éd.