デッド・ケネディーズ

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デッド・ケネディーズ
Dead Kennedys
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
カリフォルニア州サンフランシスコ
ジャンル パンク・ロックハードコア・パンクハードロック
活動期間 1978年 - 1986年
2001年 - 現在
公式サイト DeadKennedys.com
メンバー イースト・ベイ・レイ
クラウス・フローライド
D. H. ペリグロ
ロン・スキップ・グリアー
旧メンバー ジェロ・ビアフラ
6025
テッド
ブランドン・クルーズ
ジェフ・ペナルティ
デイヴ・シェフ
グレッグ・リーヴス

デッド・ケネディーズ (Dead Kennedys) は、アメリカ合衆国ハードコア・パンクバンド。カリフォルニア州サンフランシスコ出身。パンクらしからぬ抜群の演奏テクニックと、ジェロ・ビアフラの個性的なボーカル、風刺アイロニーに富んだ反体制的な歌詞で人気を博した[1]

ロカビリーサーフカントリーのルーツを隠さない、ロックンロール的だったり極めてスピーディーだったりするハードコア・パンクを1stアルバムで演奏し[2]、ミニ・アルバム『イン・ゴッド・ウィ・トラスト.INC』でハードコア色がさらに強まり、以後のUSハードコア・パンクに影響を与えた。

来歴[編集]

元ボーカルのジェロ・ビアフラ

結成から解散まで[編集]

デッド・ケネディーズは1978年6月、ギタリストのレイ・ペッパーレル(イースト・ベイ・レイ)が出したバンドメンバー募集広告に集まったメンバーにより結成された。バンドはボーカルのジェロ・ビアフラ、ベーシストのクラウス・フローライド、ドラマーのテッド(ブルース・シュレシンジャー)から成り、当初は「ザ・シャークス」を名乗った。彼らは地元で多くのステージを行い、1979年10月に最初のシングル「カリフォルニア・ユーバー・アレス」をオルタナティブ・テンタクルズからリリースする。彼らは続いて東海岸のツアーを行った。

彼らはデビュー・アルバム『暗殺』のリリースに先立って、ベイ・エリア・ミュージック・アウォーズへの参加を依頼された。

メンバーの対立[編集]

1990年代の終わりに、バンドのメンバーとオルタナティブ・テンタクルズ・レーベルとの契約に問題があることが発見された。メンバーに適切なロイヤルティーをビアフラが支払わなかったとして、レイ、ペリグロおよびフローライドは問題の解決を試みたが、結局は訴訟問題に発展した。ビアフラは敗訴し、他のメンバーへの適切な報酬を支払うこととなった。またバンドの過去のカタログの権利をメンバーに明け渡すことを強いられた。

この論争は関係者全てによって熱く争われた。そして、パンク・ロック界へ小さな波紋を引き起こした。最終的に彼らの関係は気まずくなることになり、2005年現在解決に至っていない。

三人がバンド再結成で「和睦する」ことをジェロ・ビアフラに依頼した時、問題はさらにかき立てられた。ジェロ・ビアフラは彼らがかつて電話をしなかったことで、再結成は問題外であると考えた。

再結成[編集]

2001年には、ブランドン・クルーズがビアフラの代わりのボーカリストとしてレイ、ペリグロおよびフローライドと共に活動を始めた(前述のビアフラと他の三名の対立のため)。この新たなバンドはデッド・ケネディーズなのかそれとも単なるトリビュートバンドなのかどうかで多くの議論となった。しかしながら彼らは「デッド・ケネディーズ」の名称同様に、ビアフラを含んだオリジナル・ラインナップと区別するため「DK・ケネディーズ」のバンド名で活動した。多くのプロモーターは不用意に「デッド・ケネディーズ」の名称で広告を行った。再編成グループはアメリカ大陸、ヨーロッパ、アジア、南アメリカ、ロシア、日本でライブツアーを行った。

メンバー[編集]

来日公演[編集]

ディスコグラフィ[編集]

スタジオアルバム[編集]

  • 『暗殺』 - Fresh Fruit for Rotting Vegetables (1980年)
  • 『イン・ゴッド・ウィ・トラスト.INC』 - In God We Trust, Inc. (1981年)
  • 『プラスチック・サージェリー・デザスターズ』 - Plastic Surgery Disasters (1982年)
※上記2枚は後にカップリングされて再発された。
  • 『フランケンクライスト』 - Frankenchrist (1985年)
  • 『民主主義よ永眠なれ』 - Bedtime for Democracy (1986年)

ライブ・アルバム[編集]

  • A Skateboard Party (1983年)
  • 『ミューティニー・オン・ザ・ベイ~デッド・ケネディーズ・ライヴ』 - Mutiny on the Bay (2001年)
  • 『ライブ・アット・ザ・デフ・クラブ』 - Live at the Deaf Club (2004年)

コンピレーション・アルバム[編集]

  • 『ベスト~ギブ・ミー・コンビニエンス・オア・ギブ・ミー・デス』 - Give Me Convenience or Give Me Death (1987年)
  • Milking the Sacred Cow (2007年)

脚注[編集]

  1. ^ 『PUNK ROCK STANDARDS - The Greatest Discs for 30 Years』 TOKYO FM出版、2006年、32頁。
  2. ^ 行川和彦 『パンク・ロック/ハードコア史』 リットー・ミュージック、2007年、32頁。
  3. ^ デッケネ初来日!!!
  4. ^ ニューヨーク・ドールズ、デッド・ケネディーズら、パンク・スプリングに出演決定!

関連項目[編集]

外部リンク[編集]