デッド・オア・アライヴ (バンド)

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デッド・オア・アライヴ
Dead or Alive
Pete Burns.jpg
2000年代のピート・バーンズ
基本情報
出身地 イングランドの旗 イングランド リヴァプール
ジャンル ニュー・ウェーヴ
シンセポップ
ニューロマンティック
Hi-NRG
ユーロビート
活動期間 1980年 - 2011年
レーベル エピック
共同作業者 ストック・エイトキン・ウォーターマン
公式サイト Official Dead Or Alive Website
旧メンバー ピート・バーンズ
スティーヴ・コイ
ジェイソン・オーブリー
ウェイン・ハッセイ
ティモシー・リーヴァー
マイク・パーシー

デッド・オア・アライヴ(Dead or Alive)は、ニュー・ウェーヴ,シンセポップ,ニューロマンティック,Hi-NRG,ユーロビートに分類される作品を制作していた、イギリスのバンドである。ユーロビートの直接の創始者の1つとされる。当バンドは、バブル時代の日本においても絶大な人気を誇っていた。例えば、日本全国ネットのテレビ出演を多数回行い、当時最大手の高級ディスコチェーンであったマハラジャでも毎日のように作品が選曲されているなど、ディスコ関係者から一般人まで、幅広く注目を集めていた。結果として、日本のアイドル歌謡や、その後継のJ-POPにも多大な影響を与えることになった。リーダーであるピート・バーンズの妖艶さに加え、容姿とは裏腹な野太いボーカルが印象的である。1980年代後半において最新鋭かつ最高峰の音楽制作機材であった、YAMAHA DX7,PPG Wave,Fairlight CMIをサウンドの中核に据え、打ち込み中心で音楽制作を行っていたが、打ち込みの工夫によりロックのような力強さを持たせていた。

プロフィール[編集]

1980年リヴァプール出身のピート・バーンズをリーダーに結成された。前身のバンド時代も含め、デビュー当初はゴシック・ロックとして扱われていたが、ストック・エイトキン・ウォーターマンのプロデュースを受けるようになり、Hi-NRGと、それを基盤として生まれたユーロビートと称されるダンス・ミュージックに音楽性をシフトさせた1980年代中盤から、コンスタントに世界的なヒットを飛ばした。全世界での総売り上げは2000万枚を超える。

特に日本ではバブル景気真っ只中のディスコ・ブームに乗り一躍時代を象徴する人気バンドとなり、イベント系サークルが開くディスコパーティーでは必ず曲がかかるほどであった。特に、Turn Around and Count 2 Tenはディスコでは定番の曲となっていた。さらに、日本人歌手によるカヴァー曲が数曲リリースされた。世界的には人気の絶頂期を過ぎた1990年代以降も、日本のみでリリースされるアルバムがあるほど日本での人気が高かったこともあり、近年も度々来日していた。

しかし、2011年に公式のFacebookページ上で実施されたファンとの質疑応答で、ピートが「デッド・オア・アライヴの再結成はない」ことを明言し、既にバンドとしては解散状態であることが明かされた。[1]

シングル[編集]

  • I'm Falling (1980年)
  • Number Eleven (1981年)
  • It's Been Hours Now (1982年)
  • The Stranger (1982年)
  • I'd Do Anything (1983年)
  • What I Want (1983年)
  • Misty Circles (1983年)
  • That's The Way [I Like It] (1984年)
KC and the Sunshine Bandのカヴァー曲である。
  • You Spin Me Round [Like A Record] (1984年)
バンド最大のヒットシングルであり、1996年2003年にもリミックスバージョンがシングルカットされている。
2006年には、ピートのTV番組出演後にUKチャート5位まで上昇する再ヒットとなった。[2]
日本では、北海道で3週間前倒しで先行発売された。
  • Lover Come Back To Me (1985年)
  • In Too Deep (1985年)
  • My Heart Goes Bang [Get Me To The Doctor] (1986年)
  • Brand New Lover (1986年)
  • Something In My House (1987年)
  • Hooked On Love (1987年)
  • I'll Save You All My Kisses (1987年)
  • Son Of A Gun (1987年、日本のみ)
  • Turn Around And Count 2 Ten (1988年)
  • Come Home With Me Baby (1989年)
  • Baby Don't Say Goodbye (1989年、日本、米でシングルカット)
  • I Cannnot Carry On (1989年、日本でのプロモーションシングルのみ)
  • Your Sweetness [Is Your Weakness] (1990年、日本のみ)
  • Been Gone 2 Long (1991年、日本のみ)
  • Unhappy Birthday (1991年、日本のみ)
  • Rebel Rebel (1994年)
International Chrysis名義でのリリース。デヴィッド・ボウイのカヴァー曲である。
イタリアのダンスミュージックユニット、Glamの作品にピートが参加したもの。
"Rebel Rebel"とともに、後にデッド・オア・アライヴ名義のアルバム「NUKLEOPATRA」にも収録された。
  • Hit And Run Lover (2000年、日本でのプロモーションシングルのみ)

主なアルバム[編集]

  • 美醜の館(Sophisticated Boom Boom)
  • ユースクエイク(Youthquake)
  • ブランド・ニュー・ラヴァー(Mad, Bad, and Dangerous to Know)
  • リップ・イット・アップ(Rip It Up)
  • ヌード(Nude)
  • ヌード -Remade Remodelled-(Nude-Remade Remodelled-)
  • Fan the Flame Part1
  • クレオパトラ(Nukleopatra)
  • フラジャイル(Fragile)
  • アンブレイカブル(Unbreakable)
  • エヴォリューション グレイテスト・ヒッツ(Evolution)
  • 12インチ・コレクション(諸事情により発売中止)
  • That's The Way I Like It - The Best Of DEAD OR ALIVE(2010年11月リリース)
  • That's The Way I Like It - The Best Of DEAD OR ALIVE(2011年8月3日日本盤リリース)

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]