デッドパン

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映画『キートンの蒸気船』のバスター・キートン
レスターのクラレンドン・パークの壁に描かれた『バカ歩き省』の落書き

デッドパンDeadpan)は、出来事の可笑しさに対して「何とも思っていない」または「何も感じていないよう」に無表情で反応する喜劇の表現。鈍感、皮肉ぶっきらぼう、意図的でないものとして使われる。ドライ・ユーモア(dry humour、乾いたユーモア、とぼけたユーモア)、deep pan dry wit humour[1]とも言われる。

語源[編集]

1920年代に形容詞副詞としてつくられた演劇用語で、dead(死んだ、何も感じていない)とpan(「顔」の俗語)の複合語。もともとは『パーンは死んだ』の言葉遊びであったようで、オックスフォード英語辞典で最初に掲載された時の意味は「無表情で役を演じること」で、出典はニューヨーク・タイムズ(1928年)だった[2]。一方、映画『スピード花嫁英語版』(1934年)では名詞として使われている。ギャング同士の電話の会話で「give it a dead pan」(panを強調した言い方)と言う。これは重要な話の内容を部屋にいる誰かに気づかれるなという意味である。1942年には動詞としても使われるようになった[2]

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バスター・キートンヴォードヴィル時代初期にデッドパンを磨いた。キートンは笑っている時よりも無表情の時の方が観客に受けが良いと気づき、サイレント映画でもそれを使った[3]。短編映画『The Beau Brummels英語版』(1928年)で、寄席芸人コンビのアル・ショー&サム・リーは全編デッドパンで演じた[4]。『フライングハイ』もほとんどがデッドパンで演じられた[5]

テレビのシチュエーション・コメディでもデッドパンは使われている。『ラリーのミッドライフ★クライシス』、『アレステッド・ディベロプメント』、『マイネーム・イズ・アール』、『ブルックリン・ナイン-ナイン』(レイモンド・ホルト署長役のアンドレ・ブラウアー)、『パークス・アンド・レクリエーション』(エイプリル・ラッジゲート役のオーブリー・プラザ)、『iCarly』(サム・パケット役のジェネット・マッカーディ)、『ルイー 英語版』のルイ・C・Kスティーヴン・ライト (俳優)[6]、など。

デッドパンはブリティッシュ・ユーモアの中でも使われる。『フォルティ・タワーズ』(バジル・フォルティ役のジョン・クリーズ)、『ブラックアダー』(エドマンド・ブラックアダー役のローワン・アトキンソン)、モンティ・パイソンの『バカ歩き省[7]リッキー・ジャーヴェイス[8]、映画『I'm All Right Jack』(1959年)で英国映画テレビ芸術アカデミー最優秀男優賞を受賞したピーター・セラーズアリ・Gボラット・サグディエフ英語版といったキャラクターに扮するサシャ・バロン・コーエン演じる、『スパイス・ザ・ムービー』のヴィクトリア・ベッカム[9]、など。

ドライ・ユーモアは知識人・インテリのユーモアと混同されることが多い。台詞や身振りから笑うのではなく、観客が台詞、身振り、文脈の中から笑いを探さなくてはならないからである。わからなければ笑えない。しかし、デッドパンという言葉は無表情という身振りに限定して使われる。

小説家司馬遼太郎は、紀行文集街道をゆくシリーズの『愛蘭土アイルランド紀行』において、アイルランド特有の気質としてこのデッドパン[10]を紹介している。

関連項目[編集]

出典[編集]

  1. ^ Rishel, Mary Ann (2002). Writing humor. Detroit: Wayne State University Press. p. 166. ISBN 0-8143-2959-4. https://books.google.com/books?id=sBsC3ItxoYQC&pg=PA166&dq=%22dry+wit%22&hl=de&sa=X&ei=y2tJT83UMIaAOoiwzewN&ved=0CDQQ6AEwADgK#v=onepage&q=%22dry%20wit%22&f=false 
  2. ^ a b Oxford English Dictionary. "dead-pan, adj., n., adv., and v." Second edition, 1989; online version December 2011. accessed 17 February 2012. First published in A Supplement to the OED I, 1972
  3. ^ Deadpan: the comedy of Buster Keaton”. Telescope. CBC.ca (1964年4月17日). 2016年1月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年4月28日閲覧。
  4. ^ Shaw and Lee: Vaudeville's Loony Futurists”. OZY (2015年5月29日). 2020年4月28日閲覧。
  5. ^ Dudek, Duane. “25 years and still laughing; Airplane!' maintains its cruising”. Milwaukee Journal Sentinel. オリジナルの2008年4月30日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20080430053901/http://www.jsonline.com/story/index.aspx?id=332493 2020年4月28日閲覧。 
  6. ^ Thomas, E.C. (2014). The Everything Big Book of Jokes: Hundreds of the Shortest, Longest, Silliest, Smartest, Most Hilarious Jokes You've Never Heard!. Adams Media. p. 16. ISBN 978-1-4405-7698-0. https://books.google.com/books?id=1zrsDQAAQBAJ&pg=PA16 2020年4月28日閲覧。 
  7. ^ “John Cleese and Mick Jagger are wrong – Monty Python's silly walks are still hilarious”. The Guardian. https://www.theguardian.com/culture/2014/jul/01/john-cleese-mick-jagger-monty-python-silly-walks-funny 2020年4月28日閲覧。 
  8. ^ “The king of deadpan”. The Irish News. https://www.irishtimes.com/culture/the-king-of-deadpan-1.900652 2020年4月28日閲覧。 
  9. ^ “The Spice Girls: cake fights and catty talk – what could be better?”. The Guardian. https://www.theguardian.com/commentisfree/2019/jun/01/spice-girls-cake-fights-and-catty-talk-what-could-be-better 2020年4月28日閲覧。 
  10. ^ ただし、和訳で「死んだ鍋」と呼んで同じ綴のpanの顔と鍋を取り違えてしまっている。

外部リンク[編集]

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