デイヴ・アーンソン

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デイヴ・アーンソン
Dave Arneson.png
誕生 David Lance Arneson
1947年10月1日
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ミネソタ州ヘネピン郡
死没 2009年4月7日(61歳)
ミネソタ州セントポール
職業 ゲームデザイナー
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ジャンル テーブルトークRPG
配偶者 Frankie Ann Morneau (1984 - April 7, 2009)
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デイヴィッド・レンス・アーンソン(David Lance Arneson、1947年10月1日[1] - 2009年4月7日)は、アメリカ合衆国ゲームデザイナーである。1970年代初頭にゲイリー・ガイギャックスと協力して最初に出版されたロールプレイングゲーム「ダンジョンズ&ドラゴンズ」が良く知られている。[2]アーンソンの初期の仕事はジャンルの基礎を開発し、「ダンジョン冒険」となるような装置を使用してRPGの概念を開発し、中立な審判を用い、そして空想的なキャラクターとの会話を持つストーリーラインを開発した。[3]

アーンソンは1960年代の10代の頃にウォーゲーミング(en:Wargaming)に興味を引かれ、これらのゲームとロールプレイングのコンセプトを組み合わせ始めた。彼は1960年代末期、ミネソタ州立大学の学生だった頃に"Gen Con"ゲーミング・コンベンションでガイギャックスと出会った。1970年、アーンソンは en:Blackmoorとなったゲームと架空の世界を創造し、中世のファンタジーの要素を土台にしたセッティングとルールを書いた。アーンソンは翌年ゲームをガイギャックスに見せるために持参し、「ダンジョンズ&ドラゴンズ」(D&D)となったルールセットの共同開発者となった。1974年、ガイギャックスはすぐ後に、ゲームを出版するためにTSR社を設立し、 アーンソンはちょっとの間会社のために働いた。

アーンソンは1976年にTSRを退社し、ゲームのクレジットと印税を保持するために1979年に訴訟を起こした。彼は独立したゲームデザイナーとして仕事を続け、1980年代にまた少しの間だけTSRの為に働き、生涯ゲームをプレイし続けた。アーンソンはさらにコンピューター・ゲーミングのためにも働き、1990年代から2009年の死の直前まで、en:Full Sail Universityでコンピューター・ゲームのデザインとゲーム・ルールのデザインを教えた。

ミニチュア・ウォーゲーミングの経験[編集]

アーンソンのロールプレイング・ゲームのデザインワークを成長させたのは、1960年代初期に彼の両親がアバロンヒル社の「ゲティスバーグ」ボードゲームを買ってあげたことで、ウォーゲーミングに関心を持ったことからである。後にアーンソンは自分の友人たちに遊び方を教え、このグループは自分たちのゲームをデザインしはじめ[4]、アーンソンが特に好きな海戦ゲームや、ゲームの新しい遊び方も試している。[5]ロールプレイングの露出」という道具は、彼の後のゲームデザインに影響を与えた。大学の歴史科で彼は歴史的なイベントをロールプレイし、そして好ましい方法で記録された歴史と同様の「仮想の」シナリオをウォーゲームで再制作することに優先的に逸脱した。[6]

1960年代後期[4]、アーンソンは後にゲームデザイナーとなるen:David Weselyが所属する、ミネソタ州ミネアポリスセントポール周辺のミニチュア・ウォーゲーマーやミリタリー・フィギュア・コレクターが集まるグループであるen:Midwest Military Simulation Associationに加入した。Weselyは彼が作成し審判したBraunsteinゲームの中にいたいと主張し、および他のMMSAのメンバーが参加し、アーンソンは1:1スケールに基づいて非戦闘の目標に焦点を当て、近代ロールプレイングゲームの基礎の開発に携わった;ウォーゲーミングに関してより独立したプレイと展開のある挑戦の数々が、後のRPG作品へのステップになった。[7][8]

1969年、アーンソンはミネソタ州立大学の歴史学生であるとともに、パートタイムの警備員として働いた。[9] 彼は1969年8月の第2回 en:Gen Con en:gaming convention(まだウォーゲームが主な焦点だったが)に参加し、このイベントで彼はゲイリー・ガイギャックスと出会った。[10][11]ガイギャックスは1960年代にウィスコンシン州レイクジェネヴァでen:International Federation of Wargamersen:Castle & Crusade Societyを創設し、ミネソタ州のアーンソンの家からそれほど遠くなかった。[4][9]アーンソンとガイギャックスは帆船ゲームへの理解を共有し、彼らは共同で en:Don't Give Up The Ship!海戦ゲームを書き上げ、1971年6月以降から連載して出版され、また単体では1972年にen:Guidon Gamesから、1975年に改訂版がTSR社から出版された。[9][12]

ブラックムーア[編集]

1970年の夏、アーンソンは城の地下に空想の怪物がはびこる、複雑な中世のミニチュアを使った探検ゲームを制作しはじめた。[13][14][15]最初にアーンソンが遊んだ彼のルールは、戦闘の解決にじゃんけんを使うものだったが、後のD&Dで使われる「アーマークラス」システムに似た、彼の海戦ゲームで使われた要素に後に書き換えられた。「アーマークラス」システムはまたガイギャックスと ジェフ・ペレンによって書かれたChainmailルールにも登場した。一方、欠けていることを見つけ、アーンソンは変更したルールを書き、彼のロールプレイング・ゲームのシナリオに適用した。[4][6][9]

"私は以前の2日間、チャンネル5の週末の‘Creature Feature’という5つの怪物映画を見て過ごし、いくつかの「コナン小説を読み(私は思い出すことができない、しかし全てほとんど同じだと思った)、自分の口にポップコーンを詰め込み、何枚もの方眼紙落書きした。その時、私は自分のナポレオンキャンペーンの全ての厳格なルールに疲れて、それに対して反逆していた。"[16]

ゲームはChainmailから en:Blackmoorへの変更をへて発展し、D&Dの現代のプレイヤーは「完璧なゲーム」よりもむしろキャンペーン・セッティングとして記述した。ゲームプレイは現代の"D&D"プレイヤーとして見分けがつき、固定されたヒットポイント、アーマークラス、キャラクター作成、そしてダンジョンの徐行en:dungeon crawlといったフィーチャーが使われた。この設定はまた一定時間にわたり具体化され、現在に遊ばれ続けた。[17]アーンソンはブラックムーアを「伝統的ではない中世の設定のロールプレイング。私は限られた数の蒸気力、火薬、そして潜水艦を持っている。さらには戦車はしばらく走っていた。強調するのはストーリーとロールプレイングだ」と記述した。[16] ブラックムーアのディテールとオリジナルキャンペーンは、en:Castle & Crusade Societyの「グレートキングダム」マップで確立された。[18] 最初に簡潔に印刷するために持ってこられたのはDomesday Bookの#13号で、1972年の7月にCastle & Crusade Societyのニュースレターにて、そして後に大幅に拡張された形態のThe First Fantasy Campaignが1977年にen:Judges Guildから出版された。[19]

D&Dと"ダンジョン探検のコンセプト"の中で、のちに"トールキンに影響を受けたと判断されたもの"[20]はブラックムーアを起源とし、これは純粋にファンタジー志向ではなかった設定で、最近の歴史およびサイエンス・フィクションの要素が組み込まれたか、またはリンクされた。これらは目に見える形で後に en:DA module seriesとしてTSR社から出版され(特にCity of the Gods)、また元のキャンペーンと並行して1970年代初期から中期にJohn Sniderがゲームを走らせ、これらのアドベンチャーから開発されたルールセットが、1974年にTSR社から発売された最初のSFRPGである。[21][22]

ダンジョンズ&ドラゴンズ[編集]

ゲイリー・ガイギャックス。D&Dをアーンソンと共同で制作した。

アーンソンは、ガイギャックスはすでにゲームメーカーと似たような関心を持つことから、ロールプレイングに関心があると考え、1971年後半に彼の友人数人とで、自分のゲームをガイギャックスに対してデモンストレーションした。[9]電話と手紙で共同研究した後、色々なグループや他のコンタクトとテストプレイを遂行し、ガイギャックスとアーンソンは後に"The Fantasy Game"と呼ばれるゲームの出版を望んだが、en:Guidon Gamesとアバロンヒル はそれを拒否し、アーンソンはベンチャーに投資する余裕がなかった。[8][14][23][24]

二人は他に同様のプロジェクトが予定されていたことから、できるだけ早くゲームを出版する必要性があると感じ、ルールは急いで組み立てられ、アーンソンの最終草案は使用されることはなかった。[8]これにもかかわらず、1974年に(ブライアン・ブルーム)はついにオリジナルの「ダンジョンズ&ドラゴンズ」を出版するのに必要な資金を調達し、最初の1000部の印刷は年内に完売して、その後数年で売り上げが急速に伸びた。[4][14]アーンソンのオリジナルキャンペーンから、さらにいっそうのルールとサンプルダンジョンが、1975年に「ブラックムーア」という名前でD&Dのサプリメントとして発売され(商業的に最初に出版されたRPGシナリオである)、のちにキャンペーン・セッティングの名前になった。[5]サプリメントはアーンソンの実際のキャンペーンの詳細な方法のいくつかを提供した。[16]

アーンソンは1976年の始めに正式にD&Dのリサーチディレクターとして入社したが、年末には独立したゲームデザイナーとしてのキャリアを追求するために退社した。[13][25]

TSR退社後[編集]

1977年、実際彼はTSRでは長くなかったのにも関わらず、アーンソンはDungeonmaster's Index[26]という、その時点でのTSR社のD&Dの資産を書いた38ページのブックレットを出版し、その中には チェインメイル、the オリジナルのD&D3冊セット、5つのD&Dサプリメント(Greyhawk; Blackmoor; en:Eldritch Wizardry; en:Gods, Demi-gods & Heroes; そして en:Swords & Spells)、さらに7号全ての The Strategic Reviewが含まれている。

TSR社は全てのD&D製品についてアーンソンにロイヤリティーを支払うことに同意したが、しかしその時会社は1977年にアドバンスト・ダンジョンズ&ドラゴンズ(AD&D)の発売を控え、AD&DはD&Dと大幅に異なる製品であり、ロイヤリティーを彼に支払っていないと主張した。[27]

その応答に、1979年にアーンソンはガイギャックスとTSR社に対して最初の5つの訴訟を提出した。2年後の1981年3月、内密の同意の一部として、アーンソンとガイギャックスはその時点からD&Dの共同制作者として製品に記載されることに同意することで、法廷の外で訴訟を解決したが、[9]これは2人の間の長引く緊張関係を終わらせなかった。[4]

(20年後、ウィザーズ・オブ・ザ・コースト社(WotC)がTSR社を買収し、計画していたD&D第3版から「アドバンスト」を外すことを求めた。WotCのCEOだったピーター・アドキソンは、アーンソンと20年来の問題を解決するために、総金額を口外しないことで交渉し、アーンソンはD&Dに関する全ての請求を破棄することで合意した。)[27]

1979年、アーンソンとリチャード・L・スナイダー(オリジナルの「ブラックムーア」プレイヤー)は共同で、アーンソンが1970年代初期に構想していた、D&Dの代わりになっていた「ロールプレイング・ファンタジー・ゲームのオリジナルの精神」を奪還しようとしたロールプレイング・ゲームを書いた。[28] 1980年代の初期には、彼は自分のゲーム会社en:Adventure Gamesを確立し、 ミニチュアゲームen:Johnny RebHarpoonをプロデュースしただけでなく、自分のAdventures in Fantasyロールプレイング・ゲームを出版した。[16]Adventure Gamesは儲かったが、アーンソンの仕事が過剰になり、最終的に彼の会社は(フライングバッファロー社)に売却された。[29]

ゲイリー・ガイギャックスがTSR社の社長だった1980年代、彼とアーンソンは再びつながって、アーンソンはちょっとの間D&Dとブラックムーアを "DA" (Dave Arneson) シリーズの「ブラックムーア」モジュールセットで再結合した(1986年-1987年)。4つのモジュールのうち3つはアーンソンによって書かれ、アーンソンによるキャンペーンのはじめての詳細なセッティングである。[16] ガイギャックスがTSR社を追い出されたとき、アーンソンは計画された5番目のモジュールが出版される前に会社を離れた。ガイギャックスとアーンソンは再び別々の道を歩いた。[4]1986年、アーンソンはD&Dの新しいブラックムーアモジュール、"The Garbage Pits of Despair"を書き、 ディファレントワールズ誌の42号と43号の2回に分けて掲載された。

アーンソンはコンピューター産業に足を踏み入れ、4次元の双方向システムを立ち上げ、ミネソタで現在もビジネスに携わっているコンピューター会社である。彼はまた、いくつかのプログラミングといくつかのゲームに携わっていた。彼は最終的に自分のコンピューターの会社とコンサルティングを立ち上げた。[4]

カリフォルニア州に住んでいた1980年代、アーンソンはこどもたちの特別支援教育で働く機会を得た。ミネソタに帰るまでの間、彼はロールプレイングを教育的利用に教えることを追求し、数学を教えるのに正多面体サイコロを使った。[30]1990年代、彼はグラフィック・アートやゲームデザインを専門とするFull Sail大学で働きはじめ、コンピューター・ゲームとゲームデザインの教授を務めた。この授業ではルールをしっかりと組み立て、バランスのとれたルール一式を作ることが目的とされている。彼は2008年6月19日に退職した[31]

2000年には、アーンソンはビデオグラファー: videographer)のジョン・ケントナーとDragons in the Basementで働き、これはロールプレイング・ゲームの初期の歴史を綴ったドキュメンタリー・フィルムである。アーンソンはドキュメンタリーを説明する:基本的には、オリジナルのプレイヤーとのインタビューのシリーズである(D&Dはあなたの人生にどんな影響を与えたか?)、そしてオリジナルのRPGデザイナーとのインタビューも含まれる(たとえば、「トラベラー」のマーク・ミラーや「Empire of the Petal Throne」の M.A.R. Barker)。[16] 彼はまた映画ダンジョン&ドラゴン」にカメオ出演し、多数の ウィザードドラゴンにファイアーボールを投げる役柄で登場した。しかし、このシーンは完成した映画では削除された[6](DVDでは映像特典で見ることができる)。アーンソンとダスティン・クリングマンが設立したZeitgeist Gamesは、d20システム用に「ブラックムーア」をプロデュースし、アップデートした。[4]Goodman Gamesは、2004年に新しい「ブラックムーア」を出版し、流通させた。

私生活[編集]

1984年、Frankie Ann Morneauと結婚し[32]、マリア(Malia)というひとり娘をもうけ[1] 、それから2人の孫をもうけた[30]

アーンソン は人生を通して、ダンジョンズ&ドラゴンズや、軍事ミニチュア、そしてミネソタで開かれるen:Blackmoorといった、 ゲームをすることを楽しんだ[4]

2年間の闘病生活の末[11]2009年4月7日に癌のため、ミネソタ州セントポールで死去[33]

娘のMalia Weinhagenは「私の父の世界でもっとも大きなことは人生の中でみんなが楽しむことを望むこと…私は、みんながしなくちゃいけないことに追われて、楽しむのを忘れてしまうと思うわ」と話した。[30]

栄誉とトリビュート[編集]

アーンソンは「ダンジョンズ&ドラゴンズ」やロールプレイング・ゲームの制作で多数の業界賞を受賞した。1984年には彼はオリジン賞のアドベンチャー・ゲーミング・アートとデザインで殿堂入りし、[34]、1999年にはPyramid誌の「この千年紀にアドベンチャー・ゲーミングの領域で大きな影響を与えた人物」に列せられた。[35]

彼の死から3日後、ウィザーズ・オブ・ザ・コースト社のD&Dウェブサイトは黒く喪装された。[36]

ゲーミングの世界の他のトリビュートは、 en:Order of the Stick644回[37]および en:Dork Tower の2009年4月8日。[38]

テレビゲーム会社en:Activision Blizzard は 2009年4月14日にウェブサイトでアーンソンのトリビュートを発表し、オンラインRPGの「World of Warcraft」でリリースした3.1パッチThe Secrets of Ulduarでアーンソンに哀悼の意を表した。[39]

Turbineのダンジョンズ&ドラゴンズ_オンライン、現在のDungeons and Dragons: Eberron Unlimitedで、ゲーム中のRuins of Threnal's locationでメモリアルの祭壇が作られた。[要出典]彼らはまた、'Mantle of the Worldshaper'というゲーム内アイテムを、アーンソン自身によって語られるThrenalクエストチェーンを終えての報酬として用意した。メントルの説明は、「あなたはこのマントを保持するように励み、感激の存在があなたを囲んでいます。秘儀はうまくケープの端に沿って、絹の裏地には'Blackmore'と名付けられた地図の描画が絹の裏地に驚くほど詳細です」というものである。[要出典]

部分的な著作目録[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b Minnesota Department of Health. Minnesota Birth Index, 1935-2002 [database on-line]. Provo, UT, USA: The Generations Network, Inc., 2004.
  2. ^ Cook, Monte; Tweet, Jonathan; Williams, Skip (2000), Dungeons & Dragons Player's Handbook, Renton, Washington: en:Wizards of the Coast, p. 2, "Based on the original Dungeons & Dragons rules created by E. Gary Gygax and Dave Arneson" 
  3. ^ Lafarge, Paul (September 2006), “Destroy All Monsters: A journey deep into the cavern of Dungeons & Dragons, a utopian, profoundly dorky and influential game that, lacking clear winners or an end, may not be a game at all”, The Believer 4 (7), http://www.believermag.com/issues/200609/?read=article_lafarge 2009年3月22日閲覧。 
  4. ^ a b c d e f g h i j Dave Arneson Interview, (August 19, 2004), http://pc.gamespy.com/articles/540/540395p1.html 2007年1月31日閲覧。 
  5. ^ a b Fannon, Sean Patrick (1999), “9: Wargames, the Early Roots; 10: The Birth of a Hobby”, The Fantasy Roleplaying Gamer's Bible (2nd ed.), Obsidian Studios, ISBN 0-9674429-0-7 
  6. ^ a b c Dave Arneson Interview, (August 11, 2002), http://archive.gamespy.com/articles/august02/gencon/arneson/ 2007年1月31日閲覧。 
  7. ^ Fox, Benjamin F. (2001), “The performance of Wargames”, in Lancaster, Kurt; Mikotowicz, Thomas J., Performing the force: essays on immersion into science fiction, fantasy and horror environments, McFarland, pp. 74–75, ISBN 0786408952 
  8. ^ a b c Arneson, Dave (June/July 1979), “My Life and Role-Playing”, ディファレントワールズ (en:Chaosium) (3): 6–8 
  9. ^ a b c d e f Kushner, David, “Dungeon Master: The Life and Legacy of Gary Gygax”, Wired.com, http://www.wired.com/gaming/virtualworlds/news/2008/03/ff_gygax 2008年10月16日閲覧。 
  10. ^ Arneson, D.; Gygax, G.; Carr, M. (1972), Don't Give Up the Ship! (1st ed.), Evansville, IN: en:Guidon Games, pp. ii 
  11. ^ a b BBC: Role-playing games pioneer dies
  12. ^ Arneson, Dave; Gary Gygax (June 1971), “Don't Give Up The Ship”, International Wargamer (en:International Federation of Wargamers) 4 (6) 
  13. ^ a b Anon. (April/May 1981), “An Interview with Dave Arneson”, Pegasus (Judges Guild) (1): 4, http://www.judgesguild.net/guildhall/pegasus/pegasus_01/interview.shtml 
  14. ^ a b c Dungeons & Dragons FAQ, en:Wizards of the Coast, オリジナルのOctober 3, 2008時点によるアーカイブ。, http://www.webcitation.org/query?url=http%3A%2F%2Fwww.wizards.com%2Fdnd%2FDnDArchives_FAQ.asp&date=2008-10-03 2008年10月3日閲覧。 
  15. ^ The History of TSR, en:Wizards of the Coast, オリジナルのOctober 4, 2008時点によるアーカイブ。, http://www.webcitation.org/query?url=http%3A%2F%2Fwww.wizards.com%2Fdnd%2FDnDArchives_History.asp&date=2008-10-04 2005年9月20日閲覧。 
  16. ^ a b c d e f Varney, Allen (July 1998), “Profiles: Dave Arneson”, Dragon (en:Renton, Washington: en:Wizards of the Coast) (#249): 120 
  17. ^ Anon. (August 1999), “Pegasus chats with... Dave Arneson”, Pegasus (Judges Guild) (14): 6, オリジナルの2009-04-13時点によるアーカイブ。, http://web.archive.org/web/20090413191321/http://www.eostros.com/guildhall/epegasus/pegasus14/interview.htm 
  18. ^ Gygax, Gary (June 1977), “Gary Gygax on Dungeons & Dragons: Origins of the Game”, Dragon Magazine (en:TSR, Inc.) 1 (7): 7 
  19. ^ Arneson, Dave (July 1972), “Facts about Black Moor”, Domesday Book (en:Castle & Crusade Society) (13): 6–7 
  20. ^ Gygax, Gary (June 1978), “D&D Ground and Spell Area Scale”, Dragon Magazine (en:TSR, Inc.) (15): 13 
  21. ^ Arneson, Dave (Autumn 1975), “(in) Mapping the Dungeons”, en:The Strategic Review (en:TSR, Inc.) 1 (3): 6 
  22. ^ Snider, John M. (June 1, 1974), “Letter from John M. Snider (dated April(?) 1974)”, Supernova (en:Lew Pulsipher) SF&F Gaming Info—Supplement 
  23. ^ Gygax, Gary (June 1979), “D&D, AD&D and Gaming”, Dragon Magazine (TSR) (28-29): 7 
  24. ^ ダンジョンズ&ドラゴンズ第4版」プレイヤーズ・ハンドブック7ページには、ガイギャックスとアーンソンがTSR社を設立したと書かれているが、実際にTSR社の設立に関わったのはガイギャックスとドン・ケイの2人であり、アーンソンは関与していない。
  25. ^ Kask, Tim (February 1976), “In The Cauldron”, en:The Strategic Review (en:TSR, Inc.) 2 (1): 2 
  26. ^ Dungeonmaster's Index, Tome of treasures for Dungeons & Dragons Collectibles, http://www.tomeoftreasures.com/tot_nontsr/arneson.htm 2009年6月7日閲覧。 
  27. ^ a b 30 Years of Adventure: A Celebration of Dungeons & Dragons, Renton WA: Wizards of the Coast, (2004), p. 247, ISBN 0-7869-3498-0 
  28. ^ Arneson, David L.; Richard Snider (1979), Adventures in Fantasy: Book of Adventure, Excalibre Games Inc./Adventures Unlimited, p. 1 
  29. ^ Sacco, Ciro Allessandro, An Interview with Dave Arneson, http://web.archive.org/web/20040707092754/http://www.enworld.org/modules.php?op=modload&name=Sections&file=index&req=viewarticle&artid=47&page=1 2009年6月3日閲覧。  (Alternative URL: [1].)
  30. ^ a b c Forliti, Amy (2009年4月10日). “Arneson, co-creator of D&D, dies at 61”. en:Associated Press. http://www.bemidjipioneer.com/ap/index.cfm?page=view&id=D97FB24G0 2009年4月10日閲覧。 
  31. ^ D&D co-creator Dave Arneson retiring from Full Sail from en:The Orlando Sentinel
  32. ^ Ancestry.com. Minnesota Marriage Collection, 1958-2001 [database on-line]. Provo, UT, USA: The Generations Network, Inc., 2007.
  33. ^ “Dave Arneson”, News (en:Wizards of the Coast), (April 9, 2009), http://www.wizards.com/default.asp?x=dnd/4news/20090409 2009年4月10日閲覧。 
  34. ^ List of Winners, http://www.originsgames.com/awards/1983/list-of-winners 2007年1月31日閲覧。 
  35. ^ Haring, Scott D. (December 24, 1999), “Second Sight: The Millennium's Best "Other" Game and The Millennium's Most Influential Person”, Pyramid (online), http://www.sjgames.com/pyramid/login/article.html?id=1306 2008年2月15日閲覧。 
  36. ^ “David Lance Arneson”, wizards.com (en:Wizards of the Coast), (April 10, 2009), オリジナルのApril 10, 2009時点によるアーカイブ。, http://www.webcitation.org/query?url=http%3A%2F%2Fwww.wizards.com%2Fdnd%2Fimages%2Farneson_main.jpg&date=2009-04-10 2009年4月10日閲覧。  The image originally appeared here.
  37. ^ Burlew, Rich, The Order of the Stick #644, en:Giantitp, オリジナルのApril 10, 2009時点によるアーカイブ。, http://www.webcitation.org/query?url=http%3A%2F%2Fwww.giantitp.com%2Fcomics%2Foots0644.html&date=2009-04-10 
  38. ^ Kovalic, John (April 8, 2009), “Dork Tower April 8, 2009”, en:Dork Tower (Dork Storm Press), オリジナルのApril 10, 2009時点によるアーカイブ。, http://www.webcitation.org/query?url=http%3A%2F%2Fwww.dorktower.com%2F2009%2F04%2F08%2Fdork-tower-april-8-2009-thanks-dave%2F&date=2009-04-10 2009年4月10日閲覧。 
  39. ^ World of Warcraft Patch Notes 3.10, Blizzard Entertainment, http://www.worldofwarcraft.com/patchnotes/patch3p10.html 

外部リンク[編集]