デイヴィッド・ロックフェラー

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David Rockefeller
デイヴィッド・ロックフェラー
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デイヴィッド・ロックフェラー(右から2番目、1980年撮影)
生誕 デイヴィッド・ロックフェラー
1915年6月12日(101歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ニューヨーク州ニューヨーク
住居 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ニューヨーク州スリーピーホロウ英語版
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
教育 バチェラー・オブ・アーツ
ドクター・オブ・フィロソフィー
出身校 ハーバード大学
ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス
シカゴ大学
職業 銀行家、政治家
活動期間 1940年 – 現在
純資産 増加30億ドル(2015年3月)
政党 共和党
宗教 キリスト教
宗派 バプテスト教会
配偶者 マーガレット・マクグラス
子供

デイヴィッド・ロックフェラー・ジュニア英語版(長男)
アビゲイル・アルドリッチ・ロックフェラー英語版(長女)
ネヴァ・グッドウィン英語版(次女)
マーガレット・デュラニー・ロックフェラー英語版(三女)
リチャード・ギルダー・ロックフェラー英語版(次男)

アイリーン・ロックフェラー・グローワルド英語版(四女)
ジョン・D・ロックフェラー・ジュニア(父)
アビゲイル・グリーン・アルドリッチ(母)
親戚

アビー・ロックフェラー・モーゼ英語版(姉)
ジョン・D・ロックフェラー3世英語版(長兄)

ネルソン・ロックフェラー(次兄)
ローランス・ロックフェラー英語版(三兄)
ウィンスロップ・ロックフェラー(四兄)

デイヴィッド・ロックフェラー(David Rockefeller、1915年6月12日 - )は、チェース・マンハッタン・コーポレーション英語版会長最高経営責任者(CEO)を務めたアメリカの銀行家であり、実業家であり、ロックフェラー家第3代[要出典]当主である。デイヴィッド・ロックフェラーは2004年7月以来、ロックフェラー家と一族の家長の中で最も長生きしている。彼はまた、ジョン・D・ロックフェラー・ジュニアアビー・アルドリッチ・ロックフェラーの子供で唯一の生き残りであり、ジョン・D・ロックフェラーローラ・スペルマン・ロックフェラー英語版の孫で唯一の生き残りでもある。

経歴[編集]

1915年6月12日、ニューヨークで五男一女の兄弟姉妹の末っ子として生まれる。祖父はジョン・ロックフェラー[1]、父はジョン・ロックフェラー2世。初代ロックフェラ-の孫で存命なのは彼だけで、2015年6月12日に百歳の誕生日を迎えた。

国際基督教大学に留学していたことでも知られるジョン・ロックフェラー4世(John Davison "Jay" Rockefeller IV)はデイヴィッドの兄ジョン・ロックフェラー3世英語版の長男である[2]

1936年、ハーヴァード大学卒業。ヨーゼフ・シュンペーターに師事し、卒業論文のテーマはフェビアン協会[3]であった。その後、フェビアン協会が設立したロンドン・スクール・オブ・エコノミクス (LSE)に留学[4]、同校で修士号を取得。また同時期にLSEのハロルド・ラスキのもとに留学していた後のアメリカ大統領ジョン・F・ケネディと出会う。その後、シカゴ大学経済学博士号を取得。博士論文はハーバード時代の恩師シュンペーター、LSE時代のフリードリヒ・ハイエク、シカゴ大学時代のフランク・ナイト、そして祖父のジョン・D・ロックフェラーに影響を受けていた[5]

1973年に三極委員会を設立。

1981年までチェース・マンハッタン銀行の頭取兼最高経営責任者。外交問題評議会名誉会長。ビルダーバーグ会議には初会合から参加している。

フィランソロピストとしても知られている。

家族[編集]

彼は1940年9月7日にマーガレット・マクグラス(Margaret McGrath、1915年9月28日 – 1996年3月26日)と結婚した。6人の子(2男4女)に恵まれたが、1人に先立たれている。

日本との関係[編集]

1972年、デイビッド・ロックフェラーはオランダ王室にビルダーバーグ会議への日本の参加を打診したが断られたため、ズビグネフ・ブレジンスキーに日本が加わる会議の創設を提案した。宮沢喜一大来佐武郎らを招待した勉強会が開催され、翌年の1973年10月に「三極委員会」が誕生した[6]

2007年に11月に来日、回想録(日本語版)の出版記念会が都内のホテルで催され、出版記念サイン会がMoMA Design Storeにて催された[7]。デイビッド・ロックフェラーの来日はシティグループサブプライム問題で大きな損失を被ったことと関係があるとする報道が見られた[8]

新生銀行社外取締役を勤めた[9]

その他[編集]

  • デイヴィッド・ロックフェラーのオフィスには150000人の名刺を納めたローロデックス(Rolodex、名刺ホルダー)がある[10]。世界の政財界の要人4万人と親交のある「銀行外交官」と称された[11]
  • 趣味は昆虫学甲虫類(beetle)の研究とコレクションである[12]。斎藤邦彦(元駐米大使、元外務事務次官)はロックフェラー宅で甲虫類のコレクションを見学している[13]
  • 民間人として天皇を自宅に招いた唯一の人物である。

著作[編集]

  • Memoirs, David Rockefeller, New York: Random House, 2002.
  • これからの銀行経営 企業よ創造性をもて 住吉弘人訳 竹内書店 1965
  • 『ロックフェラー回顧録』楡井浩一訳 新潮社 2007年 ISBN 4105056514
  • 盛田昭夫対談『21世紀に向けて』 読売新聞社 1992年

脚注[編集]

  1. ^ ロン・チャーナウ 『タイタン ロックフェラー帝国を創った男』(上・下) 日経BP社 2000年等参照。
  2. ^ ジョン・ロックフェラー4世は民主党共和党のネルソン・ロックフェラーは社会問題ではリベラルな姿勢を見せた。ロックフェラー・リパブリカンはネルソン・ロックフェラーに由来する言葉である。
  3. ^ フェビアン協会
  4. ^ ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスはロックフェラー財団とも関係が深い。
  5. ^ 『ロックフェラー回顧録』新潮社 p.127
  6. ^ (「3極委員会 新たな転機」(春原剛)日本経済新聞 2008年1月21日)。
  7. ^ 来日時の出版記念パーティには、発起人の緒方貞子ほか、日枝久フジテレビジョン(CX)代表取締役会長)、川口順子らが出席した(週刊新潮 2007年11月15日)。
  8. ^ (「シティ、日本が“国有化”!?アノ人が来日し根回しか」ZAKZAK(株式会社産経デジタル) 2007年11月19日)。2007年11月26日、シティグループは75億ドルの融資をアラブ首長国連邦アブダビ投資庁(ADIA)から受けることを発表している。(なお、2007年11月5日、シティグループ・インクは東証第一部(外国株)に上場しており、幹事証券会社は野村證券と2008年1月29日にシティグループが三角合併によって子会社化した日興コーディアルグループ(日興コーディアル証券)であった。ロックフェラー・アンド・カンパニー社(ファミリーオフィス)は日興コーディアル証券の投資信託の運用を担当している。)
  9. ^ [1]
  10. ^ Forbes.com “A Wealth of Names”
  11. ^ 奥村皓一の解説(『日本大百科全書』小学館)。
  12. ^ David Rockefeller's Beetle Collection & Searchable Database
  13. ^ 日本経済新聞(夕刊) 2000年2月21日号

外部リンク[編集]

関連項目[編集]