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ディエベド・フランシス・ケレ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ディエベド・フランシス・ケレ
生誕 (1965-04-10) 1965年4月10日(61歳)
オートボルタの旗 オートボルタ ブルグ県ガンド
出身校 ベルリン工科大学
職業 建築家
受賞 プリツカー賞
アーガー・ハーン建築賞
公式サイト https://www.kerearchitecture.com
所属 Kéré Architecture
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ディエベド・フランシス・ケレ(Diébédo Francis Kéré、1965年 - )は、ブルキナファソの建築家である。同国ガンド村における建築プロジェクトで知られ、2022年に、アフリカ人としてはじめてプリツカー賞を受賞した[1]

生い立ち・キャリア

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1965年、オートボルタ共和国(現:ブルキナファソ)のガンド英語版にて、村長の長男として生まれた[2]。ガンドには学校がなかったため、教育を受けるために7歳で親元を離れ、タンコドゴのおじの元で通学した[2][3][4]。大工として修行し、開発援助監督者実習生として奨学金を得てドイツに留学した[4]。ドイツでは木工技術を学び、さらに夜間に中等教育を受けた。1995年に奨学金を受け、ベルリン工科大学に入学した[2]。大学在学中の1998年、ケレは学生仲間を集めて非営利団体「ガンド小学校のレンガ(ドイツ語: Schulbausteine für Gando)」を設立した[4][5]。寄付を通じて日本円にして300万円を集め[5]、2001年にガンド小学校を建設した[6]。地元の伝統的建築素材を利用して建築されたこの建物は、2004年にアーガー・ハーン建築賞を受賞した[5]

2005年にベルリンにて自らの事務所であるケレ・アーキテクチャー(Kéré Architecture)を開所した[2]。ガンドの建築プロジェクトを嚆矢として、ブルキナファソのほかセネガルウガンダトーゴスーダンなどアフリカ各地で活動し[7]、2019年にはベナン国民議会議事堂を受託した[8]。2022年に、アフリカ人としてはじめてプリツカー賞を受賞した[1]

出典

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  1. 1 2 アフリカ初のプリツカー賞 「持続可能で先駆的」なデザインを評価”. www.afpbb.com (2022年3月27日). 2025年2月16日閲覧。
  2. 1 2 3 4 Diébédo Francis Kéré | The Pritzker Architecture Prize”. www.pritzkerprize.com. 2025年2月16日閲覧。
  3. ディエベド・フランシス・ケレ”. 高松宮殿下記念世界文化賞. 2025年2月16日閲覧。
  4. 1 2 3 Francis Kéré | Holcim Foundation (英語). www.holcimfoundation.org. 2025年2月16日閲覧。
  5. 1 2 3 April 2011:SAFE+SAVE 支援と復興の土木・建築 | KAJIMAダイジェスト | 鹿島建設株式会社”. www.kajima.co.jp. 2025年2月16日閲覧。
  6. Mafi, Nick (2022年3月15日). The 2022 Pritzker Prize Is Awarded to Diébédo Francis Kéré (英語). Architectural Digest. 2025年2月16日閲覧。
  7. 「建築界のノーベル賞」プリツカー賞にフランシス・ケレ氏 アフリカ初の受賞者”. CNN.co.jp. 2025年2月16日閲覧。
  8. Kéré | Work (英語). www.kerearchitecture.com. 2025年2月16日閲覧。