テヴィタ・フィフィタ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
マイカ
プロフィール
リングネーム マイカ
カマーチョ
ドニー・マーロウ
トンガ
エージェントT
ヌク
テヴィタ・フィフィタ
本名 テヴィタ・フィフィタ
ニックネーム 南海の暴君二世
身長 188cm
体重 104kg
誕生日 1978年12月23日(37歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
フロリダ州の旗フロリダ州キシミー
スポーツ歴 アメリカンフットボール
トレーナー チーム3Dアカデミー
デビュー 2008年
テンプレートを表示

テヴィタ・フィフィタTevita Fifita1978年12月23日 - )は、アメリカ合衆国プロレスラーフロリダ州キシミー出身[1]

父はキング・ハクのリングネームで有名なウリウリ・フィフィタ。弟は現在新日本プロレスなどにフリー参戦しているタマ・トンガことピート・フィフィタ

来歴[編集]

キャリア初期[編集]

プロレスラーになる以前は、テキサス大学エル・パソ校でアメリカンフットボール選手として活躍した。

チーム3Dアカデミーでトレーニングを積み、卒業後はフロリダ州を拠点とするインディー団体であるWXW(World Xtreme Wrestling)を中心に活動。WXWでは弟であるピート・フィフィタソンズ・オブ・トンガThe Sos of Tonga)なる兄弟タッグチームを結成してテヴィタはヌクNuku)、ピートはカヴァのリングネームに変更。しかしWWEでの入団テストを受けて合格した事もあり、ピートとのWXWでの活動は短期間に終わった。

WWE[編集]

FCW[編集]

2009年2月、WWEとディベロップメント契約を交わし入団。傘下団体のFCWトンガTonga)のリングネームでデビュー。同年3月にはエイブラハム・ワシントンを守るSPギミックであるエージェントTAgent T)となってコミック路線に移動。

同年7月、リングネームをドニー・マーロウDonny Marlow)へと変更してタッグ戦線に復帰。ジミー・ウーソ & ジュレス・ウーソのウーソズと組んで、サモアン・ソルジャーズThe Samoan Soldiers)というユニットを結成。ウーソズがWWEへと昇格し、タッグが自然消滅すると今度はブローダス・クレイをパートナーにし、かつて父のキング・ハクアンドレ・ザ・ジャイアントと組んでいたタッグチームと同じチーム名のコロッサル・コネクションThe Colossal Connection)を結成。FCWフロリダタッグチーム王座に数度挑戦するも手に届かなかった。

2011年に入ってからリーキーとタッグを結成するが、7月21日にはタッグパートナーをCJパーカーに変更してFCWフロリダタッグチーム王座に挑戦し、奪取に成功した。

WWE[編集]

2011年12月、WWEへ昇格し。同月15日、Superstarsにてフニコの相棒として登場。

2012年1月、リングネームをカマーチョCamacho)に変更。フニコとのタッグで活動するが、NXTやSuperstarsでの出場が主となり、6月にはフニコが負傷し欠場。以降、FCWと統合したNXTでの出場が中心となってエイデン・イングリッシュと組んでビッグ・E・ラングストンと長期抗争し、ハンディキャップマッチやラングストン vs イングリッシュのシングルマッチ中に介入して邪魔をするなどしたが、いずれも返り討ちに遭って一度も勝つことができずに抗争は終了した。

2013年4月、WrestleMania Axxessにて復帰した相棒のフニコとタッグを組んでエゼキエル・ジャクソン & ヨシ・タツと対戦するが、敗戦した。10月24日、NXTのテーピングにてテレビショーに復帰、フニコとのタッグでジ・アセンションから勝利した。

2014年1月、フニコがシン・カラとして活動するようになってからは自身はNXTにてシングルプレイヤーへと転向。同年4月よりアダム・ローズと抗争を開始。4月28日、彼の信望者の一人であるキャプテン・コミックを襲撃し、5月8日にはキャプテン・コミックが遺恨戦を要求してきた事から試合を行い圧勝した。5月29日、NXTのTakeoverにてアダム・ローズと因縁の対決を行うも敗戦した。

2014年6月、WWEから退団することが発表された[2]

TNA[編集]

WWE解雇後、2014年11月8日に古巣であるWXWに凱旋。父であるキング・ハク & リッキー・サンタナ & キューバン・アサシン(デビッド・シェラ)と組んでプロフェシー(アレキサンダー・ページ & アレックスG & ザ・ビースト & ブライアン・リチャーズ)と8人タッグマッチを行い勝利した。

2015年2月16日、TNAが行ったワンナイト・オンリーのガットチェックマッチに出場して好成績を収めた事によりTNAと契約を交わし入団。マイカMica)のリングネームで活動を開始。ドリュー・ギャロウェイが1人でビートダウン・クランと抗争を展開するが数の多さに抵抗できない事から3月27日、リングを占拠するビートダウン・クランに対しバックステージから登場してマイクアピールにて新たな仲間を連れてきた事を予告すると客席からイーライ・ドレイクと共に現れ乱闘を行って追い払い、そしてトリオユニットであるライジングThe Rising)を結成[3]

ライジング vs ビートダウン・クランの抗争は熾烈な展開となる中、7月1日に決着戦である3対4のハンディキャップ形式イリミネーションマッチを行い自身のカウント負け、ドレイクの負傷欠場で簡単に劣勢へと陥るがギャロウェイがケニー・キング、ロウ・キーを破り食い下がったもののヘルナンデスMVPに抵抗できず敗戦した[4]。ビートダウン・クランとの抗争後、ギャロウェイが自身とドレイクには頼りにならないと切り離し再び1人で試合を行うようになるがこれに憤慨した事によりギャロウェイを襲撃してライジングは解散となった。

得意技[編集]

フィニッシャー。

獲得タイトル[編集]

FCW
w / CJパーカー

入場曲[編集]

  • Hubba Smubba
  • Bad Man

脚注[編集]

  1. ^ Micah”. Wrestlingdata.com. 2015年11月4日閲覧。
  2. ^ Brodus Clay, Evan Bourne, Teddy Long, Curt Hawkins and other WWE Superstars released”. WWE.com. 2014年6月12日閲覧。
  3. ^ TNA Impact Wrestling Results - 3/27/15 (Six Sides of Steel)”. Wrestleview.com. 2015年3月27日閲覧。
  4. ^ TNA Impact Wrestling Results - 7/1/15 (New TNA Champion)”. Wrestleview.com. 2015年7月1日閲覧。

外部リンク[編集]