テルデ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
Telde

Bandera telde.png   Coat of Arms of Telde.svg

サン・フアン・バウティスタ教会
サン・フアン・バウティスタ教会
Flag of the Canary Islands.svg カナリア諸島州
Provincia de Las Palmas - Bandera.svg ラス・パルマス県
面積 102.43 km² [1]
標高 130m
人口 102,170 人 (2013年)
人口密度 997.46 人/km²
住民呼称 Teldenses
Teldeの位置(スペイン内)
Telde
Telde
スペイン内テルデの位置
Teldeの位置(ラス・パルマス県内)
Telde
Telde
ラス・パルマス県内テルデの位置

北緯27度59分 西経15度25分 / 北緯27.983度 西経15.417度 / 27.983; -15.417座標: 北緯27度59分 西経15度25分 / 北緯27.983度 西経15.417度 / 27.983; -15.417

テルデスペイン語: Telde)は、スペインカナリア諸島州ラス・パルマス県ムニシピオ(基礎自治体)。カナリア諸島グラン・カナリア島南東部にある[2]

地理[編集]

2013年の人口は102,170人であり、カナリア諸島の州都であるラス・パルマスに次いで、グラン・カナリア島で2番目に人口が多い自治体である。面積は102.43km2[1]。ラス・パルマスの南14kmにあり[2]、海岸からは4km内陸に位置する。主要道路ではGC-1号線が市街地の東部を走っている。グラン・カナリア国際空港は自治体南部のガンド集落にある。

歴史[編集]

スペイン人がカナリア諸島に侵攻する前、テルデは先住民にとってグラン・カナリア島東部の中心地であり、著名な先住民であるドラマススペイン語版はここに住んでいたと考えられている[3]。約14,000人の先住民がこの地でスペイン人と闘った[3]。1351年の教皇令によって、正式にカトリック教徒の町が建設された[2]。テルデはグラン・カナリア島の中ではカトリック教徒によるもっとも古い町であり、グラン・カナリア島の最初の主都だった。1483年には再度スペイン人が征服し、農業と商業の中心地となった[2]。やがて主都はラス・パルマスに移っている。

かつては農業集落であり、主要な作物はサトウキビ、ブドウ、バナナ、トマトだった[3]。今日のテルデ市街地周辺は高度に産業化されており、グラン・カナリア島の工業の中心地である[4][3]。今日のテルデはカナリア島第2の都市であり、歴史的な町並みを持つ旧市街は観光客に人気がある。

サン・フアン・バウティスタ教会[編集]

テルデの宗教的中心地はサン・フアン・バウティスタ教会である[3]。テルデの町を建設したガルシア・デル・カスティージョ家によって、1483年にサン・フアン・バウティスタ広場にサン・フアン・バウティスタ教会(旧)が建設された[3]。今でもセビリア=ポルトガル・ゴシック建築のオリジナルの面構えを残しているが、塔は20世紀のネオゴシック建築である[3]。主祭壇にあるキリスト像はトウモロコシ生地でできており、メキシコの先住民であるタラスコ族によるものである[3]。このキリスト像は1550年以前にサン・フアン・バウティスタ教会に持ち込まれた[3]。フラマン・ゴシック様式の主祭壇の設置は1516年以前に遡る。聖母マリアの三連祭壇画は5つの宗教的な場面を描いており、16世紀にフランドル地方から持ち込まれた[5][3]

非核宣言[編集]

1980年代初頭のスペインでは米軍基地の撤去や北大西洋条約機構(NATO)の脱退を求めたデモや集会が繰り返し行われた[6]。この過程でテルデ首長のアウレリーノ・フランシスコ・サンティアゴは平和主義を規定した日本国憲法第9条に共感し、自治体議会に憲法9条の記念碑とヒロシマ・ナガサキ広場の建設を提案した[6][7]。サンティアゴは後に平和市長会議のメンバーとなり、2008年に開催された九条世界会議の国際賛同人となっている[8]。結局スペインは1982年に北大西洋条約機構に加盟したが、同年にテルデ自治体議会は非核地帯を宣言した[6][9]。1995年にはラス・パルマス総領事館で「広島・長崎原爆写真ポスター展」が開催されている[8]。1996年1月末にはテルデに記念碑とヒロシマ・ナガサキ広場が完成し、総領事館も参加した落成記念式典では秋葉忠利広島市長や伊藤一長長崎市長からのメッセージが読まれた[10]。記念碑には憲法9条のスペイン語訳が掲載されている[6][9]。2007年公開のドキュメンタリー映画『シロタ家の20世紀』内でもこの碑が紹介されている[11]

教育[編集]

テルデにはカナリア諸島唯一のフランス人インターナショナル・スクールがあり、フランス国外でフランス人学校を運営するミシオン・ライケ・フランセによって運営されている[12]。2005年、19世紀後半から20世紀初頭に活躍した人類学者ルネ・ヴェルノーの名を冠し、リセ・フランセ・ルネ・ヴェルノー(Lycée Français René-Verneau)という名称になった。

人口[編集]

テルデの人口推移 1842-2012
出典:INE(スペイン国立統計局)1900年 - 1991年[13]、1996年 - [14]

出身者[編集]

姉妹都市[編集]

グラン・カナリア島の西隣にあるテネリフェ島にあるサン・クリストバル・デ・ラ・ラグーナと姉妹都市提携を結んでいる。グラン・カナリア島第2の都市であるテルデ同様に、ラ・ラグーナもテネリフェ島第2の都市であり、グラン・カナリア島の最初の主都だったテルデ同様に、ラ・ラグーナもテネリフェ島の最初の主都だった。

脚注[編集]

  1. ^ a b カナリア諸島統計局
  2. ^ a b c d History Telde Turismo
  3. ^ a b c d e f g h i j The area of San Juan(St Jhon): History Telde Turismo
  4. ^ I know Canary Islands
  5. ^ My Travel Guide
  6. ^ a b c d スペインに「九条の碑」”. しんぶん赤旗. 日本共産党 (2006年1月15日). 2015年11月22日閲覧。
  7. ^ 伊藤千尋 (2015年5月8日). “アフリカ沖、カナリア諸島に9条の碑!?”. Web Ronza. 朝日新聞. 2015年11月22日閲覧。
  8. ^ a b 大西洋の島に「9条の碑」 スペイン・カナリア諸島テルデ市を訪ねて 不戦の誓いは海を越えた”. 全日本民医連 (2011年2月1日). 2015年11月22日閲覧。
  9. ^ a b カナリア諸島から9条に思いを馳せて”. ピースボート (2014年12月26日). 2015年11月22日閲覧。
  10. ^ 日本国憲法第9条の碑 テルデ市”. 成城・祖師谷地域「九条の会」. 2015年11月22日閲覧。
  11. ^ DVD「カナリア諸島の日本国憲法九条 - スペイン・テルデ市 サンティアゴ市長インタビュー -」のご紹介”. シロタ家の20世紀 (2015年5月8日). 2015年11月22日閲覧。
  12. ^ Contacto Lycée Français René-Verneau” (Spanish). リセ・フランセ・ルネ・ヴェルノー・ド・グラン・カナリア. 2015年10月30日閲覧。
  13. ^ Poblaciones de hecho desde 1900 hasta 1991. Cifras oficiales de los Censos respectivos.
  14. ^ Cifras oficiales de población resultantes de la revisión del Padrón municipal a 1 de enero.

外部リンク[編集]