テリー・ストッツ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
テリー・ストッツ
Terry Stotts
Terry Stotts.jpg
ポートランド・トレイルブレイザーズ HC
役職 ヘッドコーチ
ポジション(現役時) フォワード
身長(現役時) 203cm (6 ft 8 in)
体重(現役時) 100kg (220 lb)
基本情報
本名 Terry Linn Stotts
ラテン文字 Terry Stotts
誕生日 (1957-11-25) 1957年11月25日(59歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 アイオワ州シダーフォールズ
出身 オクラホマ大学
ドラフト 1980年 34位ヒューストン・ロケッツ 
指導者経歴
2002-2004
2005-2007
2008-2012
2012-
アトランタ・ホークス
ミルウォーキー・バックス
ダラス・マーベリックス (AC)
ポートランド・トレイルブレイザーズ
受賞歴

テリー・ストッツTerry Linn Stotts, 1957年11月25日 - )は、アメリカ合衆国の元バスケットボール選手。アイオワ州シダーフォールズ出身。アメリカ男子プロバスケットボールリーグNBAポートランド・トレイルブレイザーズのヘッドコーチ。

経歴[編集]

選手[編集]

オクラホマ大学卒業後、1980年のドラフトでNBAヒューストン・ロケッツに2巡目34位で指名されたが、NBAではロースターに残ることはできず。ヨーロッパでプロキャリアをスタートした。 1990年まで、スペインフランスのなどのプロリーグでプレーした。

コーチ[編集]

1990年から2年間CBAでアシスタントコーチを務めた後、NBAシアトル・スーパーソニックスで、ジョージ・カールのもとでアシスタントコーチに就任し、NBAでのコーチングキャリアをスタートさせた。

アトランタ・ホークス[編集]

カールとともに移籍したミルウォーキー・バックスのアシスタントコーチを5年間務めた後、2002年、ロン・クルーガーの解雇に伴い、アトランタ・ホークスのヘッドコーチに就任し28戦目から指揮を執った。2002-03シーズンは24勝31敗、2003-04シーズンは28勝54敗と低調な成績が続き退任した。

ミルウォーキー・バックス[編集]

ゴールデンステート・ウォーリアーズのアシスタントコーチを務めた後、2005年ミルウォーキー・バックスのヘッドコーチに就任し、2005-06シーズンは40勝42敗で負け越しながら何とかプレーオフに進み、1stラウンドで1勝のみで敗退している。翌シーズンは23勝41敗で大きく負け越し、シーズン中に解雇されている。

ダラス・マーベリックス[編集]

2008年夏、リック・カーライルの下でトップアシスタントコーチに就任。2010-2011シーズンにはNBAチャンピオンを経験した。

ポートランド・トレイルブレイザーズ[編集]

ダラス・マーベリックスのアシスタントコーチを経て、2012年ポートランド・トレイルブレイザーズのヘッドコーチに就任した[1]。2012-13シーズンは、この年の新人王となるデイミアン・リラードが活躍したものの、33勝49敗と負け越し、ヘッドコーチでは、すべてのシーズンを負け越しで終えた。2013-14シーズンは、リラードの成長と、主力のラマーカス・オルドリッジの好調が重なり、スタートから好調を維持し、54勝28敗の好成績で初めて勝ち越し、プレ-オフに進んだ。1stラウンドはヒューストン・ロケッツに第6戦でリラードの劇的なブザービーターで勝利し、カンファレンスセミファイナルに進んだ。初戦から3連敗を喫し第4戦で1勝はしたが、サンアントニオ・スパーズにチーム層の厚さ、経験の豊富さの違いを見せつけられ、敗退した。2014-15シーズンは、開幕からノースウエストディビジョンを快走し、1999年以来のディビジョン優勝をもたらすも、シーズン終盤にウェズリー・マシューズを左足アキレス腱断裂で欠き、戦力ダウンを余儀無くされ、プレーオフでは1stラウンドでメンフィス・グリズリーズに1勝4敗で敗退した。更にシーズンオフには、オルドリッジ、マシューズに加え、ニコラス・バトゥムロビン・ロペスなどを放出するなど、フロント陣が大改革を敢行したことで、2015-16シーズンはチーム力の弱体化は免れないと思われていたが、先発に抜擢したC・J・マッカラムが急成長を見せ、これまで燻っていたアレン・クラブシックスマン起用も適中するなど、大方の予想を覆し、3年連続プレーオフに導き、翌2016-17シーズンもプレーオフに導いた。

脚注[編集]

[ヘルプ]

外部リンク[編集]