テネシー (戦艦)

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USS Tennessee BB-43.jpg
艦歴
起工 1917年 5月14日
進水 1919年 4月30日
就役 1920年 6月3日
退役 1947年 2月14日
性能諸元
排水量 基準:32,600トン、満載:35,190トン
全長 190.35m
全幅 34.74m
吃水 10.36m
最大速 21ノット
乗員 士官・兵員:1,401名
兵装 50口径35.6cm砲:12門
38口径12.7cm砲:16門
56口径40mm対空砲:56門
70口径20mm対空砲:43門

テネシー (USS Tennessee, BB-43) は、アメリカ海軍戦艦テネシー級戦艦のネームシップ。艦名はアメリカ合衆国16番目の州にちなむ。その名を持つ艦としては3隻目。

第一次世界大戦直後に就役した戦艦である。総合能力では他のアメリカ海軍戦艦と同様の能力を持つ。日本海軍による真珠湾攻撃で損傷し、姉妹艦カリフォルニアは着底した。のちに両艦は徹底的な近代化改修を受け、装甲、速力、主砲を除いた部分でサウスダコタに準じた性能、外観を持った。1943年に近代化改修を終えるとテネシーは太平洋戦線に配備され、主要な戦いの多くに参戦した。マーシャル諸島を皮切りにビスマルク諸島、マリアナ諸島、フィリピン、沖縄等の日本軍占領下の島々を転戦。島嶼の攻略戦においてはその艦砲射撃の威力を発揮し、またレイテ沖海戦ではスリガオ海峡でカリフォルニア等と共に戦艦部隊を形成し、突入を試みた扶桑型戦艦2隻を含む日本艦隊を迎撃し撃破している。 サイパンでは沿岸砲の、沖縄では特攻機の攻撃にあい損害を受けるも致命的なものではなく、直ぐに戦線に復帰している。終戦後は日本本土の進駐に向かった後、シンガポール、インド洋、喜望峰、大西洋を経て本国に帰還した。1947年に退役、1959年に解体された。

艦歴[編集]

テネシーは1917年5月14日にニューヨーク海軍工廠で起工する。1919年4月30日にテネシー州知事の娘、ヘレン・レノーレ・ロバーツによって命名、進水し、1920年6月3日に初代艦長リチャード・H・リー大佐の指揮下就役した。

テネシーは第二次世界大戦の戦功により海軍部隊章および10個の従軍星章を受章した。

同型艦[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]