テスココ湖

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アステカ時代のテスココ湖
1847年のテスココ湖

テスココ湖(テスココこ、スペイン語Lago de Texcoco)は、かつてメキシコ中央高原にあった「ひょうたん」型ないしタツノオトシゴのような形状をした南北約65kmにわたる大きな湖 (海抜2242m) であった。現在は、南北20km、東西10数kmが残っている(ただし衛星写真によれば、埋め立ては更に進行し、2007年5月現在、5km×2km程度の長方形の区画を残すのみである)。

概要[編集]

13世紀頃、テスココ湖の北端には、シャルトカンスペイン語版英語版というトゥラン(都市)をはじめとして数個の小島をもつシャルトカン湖Lago de Xaltocan)があり、「ひょうたん」のくびれの部分をへて、「本体」の東岸にテスココ、西岸にアスカポツァルコ英語版(後にトラコパンスペイン語版英語版)、東から突き出た半島の先端近くのクルワカンスペイン語版英語版、半島に区切られた南東端のチャルコ湖スペイン語版英語版Lago de Chalco)上の小島に築かれたヒコなどのトゥラン(都市)が繁栄していた。アステカの首都テノチティトランは、西岸近くの小島に築かれ、クルワカンの築かれた半島と西岸、テスココ湖のくびれ部分に大きく半島状に突き出た北岸に堤道が築かれていた。

現在はメキシコシティがある。前述のようにテスココ湖の埋め立てを経て立地されたために地盤が緩く、メキシコ地震では甚大な被害が生じた。詳細はリンク先を参照。

脚注[編集]

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関連項目[編集]