テクノデリック

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テクノデリック
YMOスタジオ・アルバム
リリース
録音 1981年3月21日 - 10月13日
STUDIO "A"
ジャンル テクノポップ
ニュー・ウェーヴ
現代音楽
時間
レーベル アルファレコード
プロデュース 細野晴臣+YMO
専門評論家によるレビュー
チャート最高順位
YMO 年表
BGM
1981年
テクノデリック
1981年
YMO ベスト・セレクション
1982年
『テクノデリック』収録のシングル
  1. 体操
    リリース: 1982年2月21日
細野晴臣 年表
コチンの月
(1978年
フィルハーモニー
 (1982年)
高橋幸宏 年表
NEUROMANTIC
1981年
WHAT, ME WORRY?
1982年
坂本龍一 年表
左うでの夢
1981年
戦場のメリークリスマス
1983年
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テクノデリック』 (TECHNODELIC) は、YMOの6作目のアルバム。

背景[編集]

アルバムのタイトルは「テクノ+サイケデリック」の造語である。

アルバム全体として、ミニマル・ミュージックが取り入れられているのも特徴である[要出典]が、後年細野晴臣は「YMOの中で唯一、可能性を秘めたまま発展し損ねた音楽のスタイルがミニマル」と『YMO GO HOME!』のライナーノーツで記している。

録音[編集]

レコーディングは前作『BGM』の発売日(1981年3月21日)から開始され、10月13日まで長期間行われている。細野がこだわっていた[2]。プロデュースのクレジット名「produced by 細野晴臣」が、今作では「細野晴臣+YMO」となった。

録音に関しては『BGM』ではデジタル録音を導入したが、デジタル特有のエラーノイズの問題や編集効率の問題から「体操」を除きアナログ録音に戻した[3]

他のYMOのアルバム同様、当アルバムのマルチトラックマスターも消却・破棄されたと考えられていたが、後年、高橋が編集盤『ONE MORE YMO』を監修していた際に、各所に散らばったマスターテープを発掘していたところ、マスターテープのメーカーが『テクノデリック』のマルチトラックマスターを保管していた事が分かったが、『体操』のみ見つからなかったという。

使用機材はプロフェット5、アープ・オデッセイ、Emulator、ローランドMC-4、ローランドTR-808が挙げられる。

前作『BGM』作成中に心身不調だった坂本龍一が韓国旅行をきっかけに元気になった[4]。そのときインスパイアされた内容が「京城音楽」で表現されている[4]しかし逆に細野が不調に陥り、その状態が「灰色の段階」という曲名で表現されている[要検証 ]

リリース[編集]

1981年11月21日アルファレコードからLPレコードカセットテープの2形態でリリースされた。

アルバム・ジャケットは二種類存在し、通常盤と再発CDで使われているのはコルホーズで働く女性の肖像[5]。その後、レコード会社からの「メンバーの顔が入っていない」という理由でメンバー三人の写真があしらわれたものが作り直され、これが初回盤のジャケットとなる。又、初回プレスのみカスタムレーベル仕様。

アートワーク[編集]

アルバム・ジャケットはアートディレクター奥村靫正によるデザイン。初回盤の撮影とメーキャップも奥村靫正が手掛けている。

収録曲[編集]

A面
全編曲: YMO。
# タイトル 作詞 作曲 時間
1. ジャム(PURE JAM) 高橋幸宏ピーター・バラカン 高橋幸宏
2. 新舞踊(NEUE TANZ) 細野晴臣、坂本龍一、高橋幸宏 細野晴臣、坂本龍一、高橋幸宏
3. 階段(STAIRS) 高橋幸宏、ピーター・バラカン 高橋幸宏
4. 京城音楽(SEOUL MUSIC) 坂本龍一、ピーター・バラカン 坂本龍一、高橋幸宏
5. (LIGHT IN DARKNESS)   坂本龍一、高橋幸宏
B面
# タイトル 作詞 作曲 時間
6. 体操(TAISO) 坂本龍一 坂本龍一、YMO
7. 灰色グレイの段階(GRADATED GREY) 細野晴臣、ピーター・バラカン 細野晴臣
8. 手掛かり(KEY) 細野晴臣、ピーター・バラカン 細野晴臣、高橋幸宏
9. 前奏(PROLOGUE)   坂本龍一
10. 後奏(EPILOGUE)   坂本龍一
合計時間:

曲解説[編集]

A面[編集]

  1. ジャム PURE JAM
    イントロの高橋のコーラスに関して細野はサイケデリックであるとコメントしている。曲の最後では逆回転で録音したモチーフが使われている。タイトルと歌詞の内容は当時アルファレコードの1階にあった喫茶店「BAN」のメニューにあった、とても分厚いパンにジャムののったトーストが不細工だったことを意味している(彼らはレコーディング中のスタジオから喫茶店に軽食をよく注文していた)。細野や坂本によれば、欧米のミュージシャン達はこの他愛もない詞を深読みして「何か意味深なことを語っているのではないか」とよく質問したそうである。作曲は高橋名義ではあるが、サウンドの大部分は細野が担当している。シンセサイザーが「うねうね」しているのはそのためである。「ジャムデショ」「ソレジャムデショドーゾ」の声は、ピーター・バラカンが実際にスタジオ内でトランシーバーを使って喋っている。これは「完璧じゃない日本語」が欲しかったため[6]。この曲はアルバムでは最初に収録されているが、録音は最後に行われた(トラックシートではM-8)。細野と高橋のユニットであるスケッチ・ショウにおいてもレパートリーとして大幅なアレンジを経て演奏されている。
  2. 新舞踊 NEUE TANZ
    インドネシアケチャをモチーフにしている。そのため、仮タイトルは「ケチャ」だった。ピアノはプリペアド・ピアノが使われており、坂本のみならず、高橋も演奏している。
  3. 階段 STAIRS
    重々しいピアノとベースが特徴的。レコーディングが開始しても誰も作業しなかったため、高橋が仕方なく作り始めた曲[7]。(トラックシートではM-1)。途中で聞こえてくるピアノは坂本がE-muのイミュレーター(サンプラー)で演奏したもので、コンサコンサート・ツアー「YMO-WINTER-LIVE-1981」でも坂本が、イミュレーターを使ってピアノを演奏しているのが確認できる。クイズ番組『カルトQ』YMO編で優勝した砂原良徳が「YMOで最も好きな曲」として挙げている。
  4. 京城音楽 SEOUL MUSIC
    ガムランと声(パーッ、フク、チキ)によるパーカッションが印象的な曲。アルバムの3番目に録音された(トラックシートではM-2)。途中のヴォイスはトランシーバーの声を録音したもの。プリペアド・ピアノが使われている部分もある。タイトルの京城とは日本統治時代の朝鮮におけるソウル(正確には京城府)の日本語表記である。坂本が韓国取材をした際の印象を元にしたもので、軍政下の韓国の事情をうかがわせる。
    YMO解散後の1985年に行われた「国際青年年記念 ALL TOGETHER NOW」で「サディスティック・ユーミン・バンド」(高橋と坂本が参加)によってカバーされた。
  5.  LIGHT IN DARKNESS
    細野のベースは、坂本と高橋の「チャック・レイニーみたいなベースを」とのリクエストに応えて弾かれたもの[7]。大豆油の缶をたたいている音がサンプリングされている。またハイハットは人の声(恐らく高橋の声と思われる)をサンプリングしたものである。1982年西ドイツ映画「セカンドフェイス」にて使用された。

B面[編集]

  1. 体操 TAISO
    シングルカットされた曲。詳細は「体操」を参照。アルバムの中では最初に録音された。
  2. 灰色グレイの段階 GRADATED GREY
    細野がリズムをループ仕立てにして作った曲。また細野は歌い方を工夫し「ジョージ・ハリスン的な発声法をしてみた」と語っている。ベルギーのテクノポップバンド「テレックス」からこの曲を賞賛するファンレターが届き、後のコシミハル「ラムール・トゥジュール」共同制作のきっかけとなった。
  3. 手掛かり KEY
    細野、高橋は、この曲について「CUEの続編」と語っている。坂本によると「YMO版ハイスクールララバイ」。シングル「体操」のB面にも収録されている。スネアは石油缶を叩いた音をサンプリングしたもの。途中に入ってくる、「What Do You See?」などのボイスはハーモナイザーをフィードバックさせたもので、左チャンネルは坂本、右チャンネルは細野の声といわれている。このアルバムではシンセサイザーはほとんどプロフェット5を用いているが、この曲のみアープ・オデッセイをベースとして使っている。
  4. 前奏 PROLOGUE
    3/4拍子のミニマル・ミュージック。また右と左とでカノンの形式が取られている。バックで流れる機械の音はエンジニアの飯尾芳史が録音してきた工場の音[8](録音したスタジオAは東京の芝浦にあり、すぐそばに工場があったため簡単に音を録ることができた)。このノイズは次の「後奏」にまで続く。仮タイトルは「青函連絡船」。また、ゲームメーカーであるタイトーのビデオゲーム『Gダライアス』にこのノイズが使われた。
  5. 後奏 EPILOGUE
    機械の音の上に、鉄工所の音のサンプリングが重なった後、分厚いストリングスが重なる。仮タイトルは「おやすみミュージック」。録音は前曲「前奏」と同時に行われている(トラックシートではM-6)。坂本龍一のライブ(B2-UNITSなど)ではピアノで演奏されたこともある。

スタッフ・クレジット[編集]

参加ミュージシャン[編集]

スタッフ[編集]

  • 細野晴臣 AND YMO - プロデューサー
  • 小池光夫 - レコーディング、ミックス・エンジニア
  • 飯尾芳史 - アシスタント・エンジニア
  • YMO - ミックス・エンジニア
  • 湯浅ヒロシ(JVCカッティング・センター) - マスタリング・エンジニア
  • 藤井丈司 - エキプメント
  • 山添昭彦 - エキプメント
  • 伊藤洋一 - マネージメント
  • 大蔵博 - マネージメント
  • PLAN-NEW-WERK - クリエイティブ・サービス
  • 奥村靱正 - 写真撮影、アート・ディレクション
  • 小尾一介 - A & Rコーディネーター
  • 川添象郎 - エグゼクティブ・プロデューサー

リリース履歴[編集]

No. 日付 国名 レーベル 規格 規格品番 最高順位 備考
1 1981年11月21日 日本 アルファレコード LPCT ALR-28030 (LP)・ALC-28029 (CT) 4位
2 1981年 ヨーロッパ アルファレコード LP ALF 85621 -
3 1982年 オーストラリア CBS Records Australia LP AAF 28030 -
4 1982年 スペイン CBSレコード LP ALF 85261 -
5 1984年7月25日 日本 アルファレコード CD 38XA-17 -
6 1985年 オランダ Pick Up Records LP LPU 0021 -
7 1987年3月25日 日本 アルファレコード CD 32XA-142 -
8 1992年3月21日 日本 アルファレコード CD ALCA-292 -
9 1992年7月 アメリカ合衆国 Restless Records CD 7 72704-2 -
10 1992年 ヨーロッパ Roadrunner Records、Restless Records CD LS 9153 2 -
11 1994年6月29日 日本 アルファレコード CD ALCA-9044 -
12 1998年1月15日 日本 アルファレコード CD ALCA-5221 -
13 1999年9月22日 日本 東芝EMI CD TOCT-24239 - 細野晴臣監修、リマスタリング盤、ライナーノーツ:松武秀樹×飯尾芳史
14 2003年1月22日 日本 ソニー・ミュージックハウス CD MHCL 209 56位 坂本龍一監修、紙ジャケット仕様
15 2004年 カナダ、ヨーロッパ エピック・レコード CD EK 91844 (CA)・513450 2 (EU) -
16 2010年9月29日 日本 ソニー・ミュージックダイレクト ブルースペックCD MHCL-20107 185位 1999年リマスタリング音源、紙ジャケット仕様、スーパーピクチャーCD

参考文献[編集]

  • 田中雄二 『電子音楽 in JAPAN』アスペクト、2001年
  • 『イエロー・マジック・オーケストラ』アスペクト、2007年

脚注[編集]

  1. ^ 『オリコン・チャートブック LP編 昭和45年 - 平成1年』オリジナル・コンフィデンス、1990年、74頁。ISBN 4871310256
  2. ^ 『コンパクトYMO』(徳間書店、1998年)p88。
  3. ^ サウンド&レコーディング・マガジン 1999年11月号
  4. ^ a b 『イエロー・マジック・オーケストラ』、72頁。
  5. ^ 田山三樹 『YMO GLOBAL YMOから広がるディスクガイド』 シンコーミュージック、2007年、81頁。
  6. ^ 2009年6月5日TOKYO FM「Tokyo Midtown presents The Lifestyle MUSEUM」で放送されたピーター・バラカンと高橋幸宏との対談より
  7. ^ a b 『イエロー・マジック・オーケストラ』、275頁。
  8. ^ 『イエロー・マジック・オーケストラ』、276頁。