テカムセの呪い

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テカムセの呪い(テカムセののろい、: Tecumseh's Curse)とは、第9代アメリカ合衆国大統領ウィリアム・ハリソン肺炎による死から始まる、西暦20の倍数の年に選出されたアメリカ合衆国大統領への一連の災難の原因とされる呪い。

概要[編集]

この呪いは、部族の領土を白人に奪われ1811年ティピカヌーの戦いウィリアム・ハリソンに殺されたインディアン部族、ショーニー族酋長テカムセ (あるいは予言者であったテカムセの兄弟テンスクワタワ)によるものとされるという。その「呪い」は20年ごとに選ばれる大統領の死を呪ったものといわれる。幾つかの資料では、テカムセが死んだ時に彼の母親が呪いをかけたとされるが、確固たる証拠はない。又、一連の災難が「インディアンの呪い」によるものとする明瞭な出所もない。

一方で、一連の合衆国大統領の頓死については、レーガン大統領暗殺未遂事件以前にロバート・リロイ・リプレーは自著『信じようと信じまいと』の中で呪いとは無関係に「不思議な法則」としてこれを紹介している等、必ずしも「テカムセの呪い」と関連付けて語られていたわけではない。

「呪い」の犠牲者[編集]

1840年から1960年までの間に、西暦で20の倍数の年(XXX0年)に選出された大統領は皆、在職中に死去した。

ザカリー・テイラー(20の倍数の年以外に選出され在職中に死去した唯一の大統領)は1848年に選出され、果物の食べ過ぎによる消化不良で1850年に死去した(毒殺説も存在したが、後年の研究で否定された)。

なお、彼らの内、リンカーン、マッキンリー、F・ルーズベルト以外は、20の倍数の年に最初(唯一)の当選をし、最初(唯一)の任期中に死去した。

その他の名称[編集]

0年の呪い (zero-year curse)、20年の呪い (twenty-year curse)、ティピカヌーの呪い (curse of Tippecanoe)、大統領の呪い (presidential curse) とも呼ばれる。

呪いの消失[編集]

レーガンは1980年に大統領に選出されたが、直後の1981年3月30日に暗殺未遂に遭いながらも(レーガン大統領暗殺未遂事件参照)、2期8年の任期を完うした。

2000年に大統領に選出されたジョージ・W・ブッシュ(子ブッシュ)も、2期目の2005年5月10日にグルジアで演説中に手投げ弾を投げ込まれたが不発に終わり、2期8年の任期を完うして現在も存命中である。子ブッシュ大統領は、この他にも2002年にプレッツェルを食べている最中に失神・昏倒して、顔に傷を負うが窒息死は免れた。又、任期満了直前にイラク人記者に靴を投げつけられるも、うまくよけて無傷であった(ブッシュの靴)。

このため、いわゆる「テカムセの呪い」による大統領の怪死は単なる偶然という結論になった。

だが、未だに「テカムセの呪い」を信じる人は多い。レーガンについては、暗殺未遂事件においてレーガンが銃弾を受けながらもわずか1インチの差で生き残ったことで「テカムセの呪い」は確かにあり、それが破られたと考える人たちもいる。また一方、病院が近くに無ければレーガンは死んでいたと考える人たちもいる。暗殺を免れ任期を完うしながらもレーガンは1994年アルツハイマー症と診断され、レーガンが暗殺事件で死ななかったため呪いがレーガンを苦しませたと信じる人たちもいる[要出典]。レーガンは大統領選出から24年後の2004年に死去した。

いくつかのキリスト教団体は「呪い」を真剣に考え、1980年のレーガン大統領および2000年のブッシュ大統領が災難から守られるように祈願した。1920年以来、同様の団体が同様の祈願を行っている。そのうちの一つ「アメリカの仲裁者」Intercessors for America は1980年の「戦争祈願」で呪いを破ったと信じている。

1934年に出版されたコミック『Ripley's Believe It or Not!』に、20年のパターンの記述がなされた。

関連項目[編集]