ツール・ド・おきなわ

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ツール・ド・おきなわ
概要
開催時期 11月第2土曜・日曜
開催地域 日本の旗 日本沖縄県名護市他北部地域
英語名 Tour de Okinawa
分野 ロードレース
カテゴリー UCIアジアツアー1.2
形態 ステージレース
主催者 NPO法人ツール・ド・おきなわ協会
北部広域市町村圏事務組合
日本自転車競技連盟
歴史
初回開催年 1989年
開催回数 24回(2012年)
直近優勝者 トーマス・パルマーオーストラリアの旗 オーストラリア
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ツール・ド・おきなわ(Tour de Okinawa)は、毎年11月第2土曜から日曜に沖縄県名護市を中心に沖縄本島北部地域で2日間にわたり、1989年から開催されている自転車ロードレース大会である。主催は特定非営利活動法人ツール・ド・おきなわ協会、北部広域市町村圏事務組合、日本自転車競技連盟

概要[編集]

観光地である沖縄の特性を生かして、純粋なレースだけでなく、様々なイベントを組み合わせて開催されている。レースイベントの中で最上級クラスの「チャンピオンレース」はUCIアジアツアーに組みこまれていて、アジアツアーでのレースグレードは1.2(2級カテゴリーのワンデーレース)となっている。

国際ロードレース部門としてはチャンピオンレースの他に女子国際レース100kmとジュニア国際レース140kmが、そして市民レース部門として各種ロードレース(10km~210km)が、またサイクリング部門として沖縄本島一周サイクリング323kmなども開催されている。 なお市民レース部門最長の210kmクラスは「ホビーレーサーの甲子園」と称され、全国から強豪市民レーサーが集まる非常に厳しいレースとして知られている。 海外から派遣されるアマチュア選手もその後グランツールやクラシックレースで活躍するなど見所も多い[1]

2009年大会のアクシデント[編集]

2009年大会では2日目の市民ロードレース各部門が、先発の国際ロードレース・チャンピオン部門(男子200㎞)のペースの遅さにより、甚大な影響を被ることとなった。具体的には、市民ロードレース200㎞部門のペースが開催側の予想を超える早さであった為に国際ロードレースの選手たちに追いつきそうになった為、レース途中で時間調整の為に全選手を数十分停止させるという措置が取られ、逃げ集団を形成していた3名以外の全ての選手が、中断後の一斉スタートとなってしまった[2]

歴代優勝者[編集]

チャンピオンレースの歴代優勝者

市民210km(200km)レースの歴代優勝者

  • 1989年 トム・レッシュ(米国)
  • 1990年 末長 語(自衛隊)
  • 1991年 根木健之(九州大学レーシング)
  • 1992年 小菅 清(なるしまフレンド)
  • 1993年 高山忠志(フレンドレオパード)
  • 1994年 市川 昌
  • 1995年 高山忠志(フィッツ)
  • 1996年 宮沢崇史(ラバネロ)
  • 1997年 奥村英哲(ムスタングサリー)
  • 1998年 西谷雅史(CWS)
  • 1999年 福田崇哉(なるしまフレンド)
  • 2000年 片山弘志(ゼルコバ)
  • 2001年 高山忠志(フィッツ)
  • 2002年 清水都貴(埼玉県自転車競技連盟)
  • 2003年 白石真悟(シマノドリンキング)
  • 2004年 福田崇哉(なるしまフレンド)
  • 2005年 池田丈志(鹿屋体育大)
  • 2006年 武井亨介(フォルツァ)
  • 2007年 高岡亮寛(チーム2XU)
  • 2008年 武末真和(オッティモ)
  • 2009年 武井亨介(フォルツァ)
  • 2010年 岩島啓太(なるしまフレンド)
  • 2011年 高岡亮寛(イナーメ・アイランド信濃山形)
  • 2012年 白石真悟(シマノドリンキング)
  • 2013年 清宮洋幸(竹芝サイクルレーシング)
  • 2014年 Yeung Ying Hon(Total Sports)
  • 2015年 高岡亮寛(イナーメ信濃山形)
  • 2016年 高岡亮寛(イナーメ信濃山形)

テレビ放送[編集]

琉球放送で後日ドキュメント番組が放送される。

[編集]

  1. ^ 一例として1994年に3位入賞したダリオ・フリーゴが2002年のチューリッヒ選手権を制覇している
  2. ^ ツール・ド・おきなわ市民200km レポートby高岡亮寛

外部リンク[編集]