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チーム青森

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No image.svg チーム青森 Curling pictogram.svg
基本情報
創設 2003年
活動休止 2013年
所在地 青森県青森市
使用施設 青森市スポーツ会館
オリンピック
出場回数 2回
出場大会
最高成績 7位
世界選手権
出場回数 4回
出場大会
最高成績 4位
日本選手権
優勝回数 6回
優勝大会
  • 2004
  • 2006
  • 2007
  • 2008
  • 2009
  • 2010
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チーム青森(チームあおもり)は、青森県カーリング協会に所属する女子カーリングチームである。

チーム青森は、2006年トリノオリンピックおよび2010年バンクーバーオリンピック女子カーリング日本代表チームの権利を獲得し、同大会に出場した。2010年以降、カーリングが盛んな地域に、ロコ・ソラーレ北海道銀行フォルティウスチーム富士急などの新たなカーリングチームが設立されたこともあり、所属選手不足に陥り、2013年春から活動をしていない[1]

来歴

(シーズン表記は世界カーリング連盟の定める区分に従い、各年7月1日を初日とし翌年6月30日を終日とする)

チーム発足まで

2003年-2004年シーズン

2004年-2005年シーズン

  • 10月、カナダ・ブリティッシュコロンビア州カムループスで開催されたワールドカーリングツアー(WCT)「バートン保険ブローカー・カーリング王冠」でツアー初優勝を飾る[3]。この年のカナダ遠征ではツアー5試合に出場、他4試合は予選落ち。
  • 11月第14回パシフィックカーリング選手権優勝。2005年開催の第27回世界女子カーリング選手権への出場権を獲得する。この時点で日本カーリング協会は「チーム目黒」を2006年トリノ冬季オリンピックカーリング競技女子日本代表の最有力候補と目しており、翌年開催の第22回日本カーリング選手権に優勝し、かつ前述の世界選手権において日本の五輪カーリング競技(女子)出場権獲得が達成された場合、同チームをトリノ五輪代表に決定する方針を表明していた[4]
  • 2月、軽井沢国際カーリング選手権大会優勝。
  • 同大会大会閉幕後、スキップの目黒が負傷(凍結した歩道で転倒、足を骨折)によりチームを一時離脱。同月開催の第22回日本カーリング選手権、3月開催の第27回世界女子カーリング選手権には「マリリンズ」~「河西建設女子」の本橋麻里(後に正式加入)を加えて臨んだ。
  • 2月、第22回日本カーリング選手権出場。最終順位は2位。なお同選手権では日本カーリング協会の規約改正に伴い、チーム名を「青森県協会」に改めている。
  • 同選手権における「チーム土屋」(=「チーム長野」)との対戦結果(予選・決勝リーグとも敗退)を鑑みた日本カーリング協会が、協議の結果「オリンピック冬季競技大会日本代表(女子)選考会」の開催を決定。代表権獲得の条件として、「(国際試合で実績が上回る)「青森県協会(=チーム青森)」には1勝、「チーム土屋(=「チーム長野」)」には2勝すること」を課した[5]
  • 3月、第27回世界女子カーリング選手権出場。最終順位は9位。この結果、2006年トリノ五輪カーリング競技における日本女子チームの出場権(同選手権における過去3年間の国別ポイントの累積によって決定される。この場合は2003~2005年の累積)を獲得。なお同選手権ではリザーブとして「スーパーラヴァーズ」の小林愛が起用された。
  • 4月、本橋麻里が青森明の星短期大学への進学に伴い、正式に加入。
  • 5月、目黒が復帰。

2005年-2006年シーズン

  • 10月、カナダ遠征。WCT4試合に参加し2位1回、3位1回、予選落ち2回。
  • 11月、オリンピック冬季競技大会日本代表(女子)選考会出場。第1戦に勝利し、2006年トリノ冬季オリンピック日本代表権を獲得する。
  • 2月、トリノ冬季オリンピックカーリング競技女子出場。最終順位は7位。
  • 3月、第23回日本カーリング選手権優勝。2006年開催の第16回パシフィックカーリング選手権への出場権および、2007年開催の第29回世界女子カーリング選手権日本代表の内定を得る[6]
  • 3月31日、青森市文化スポーツ振興公社より小野寺と林が退職[7]
  • 5月1日、東北運動記者会より東北運動記者特別賞が授与される[8]
  • 5月17日、小野寺・林が競技の第一線から退き、休養する意向を公式に表明[9]。 目黒、寺田、本橋の3人は現役を続行して2010年開催のバンクーバー冬季オリンピック出場を目指す意思を表明した。
  • 5月19日、主力メンバー(小野寺、林)の離脱に伴う「チーム青森」の戦力低下を考慮した日本カーリング協会が、協議により「チーム青森」、「チーム長野」の両者による「2007年世界女子カーリング選手権大会日本代表チーム選考会」の開催を決定[10]
  • 5月28日、「GALLOP」から山浦麻葉が正式加入[11]。それに伴いポジション編成を刷新。(後述の「選手」の項目を参照)

2006年-2007年シーズン

2007年-2008年シーズン

  • 9月、寺田が体調不良を理由として休養する意向を公表[15]。新メンバーとして元東光舗道・河西建設の石崎琴美が加入[16]
  • 10月、カナダ・アルバータ州メディシンハットで開催されたWCT「メイヤーズ・ノリス・ペニーチャリティクラシック」でツアー2勝目[17]。この年のカナダ遠征ではWCT4試合に参加し、優勝1回、5位1回、予選落ち2回。
  • 11月、第17回パシフィックカーリング選手権出場。最終順位は2位。 なお2試合総当たり戦終了時の成績は7勝1敗で中国チームと1位タイであった。そのため事前に行われた[18]、両チーム各4人がストーンを投げ、ハウスの中心までの合計距離を競う「チームドロー」の結果により順位が決定[19]、日本チーム(=「チーム青森」)は同選手権2位となった。その後、同選手権ルールにより[20]同3位の韓国チームと世界選手権出場チーム決定戦を行い、これに勝利。日本女子チームの第30回世界女子カーリング選手権(2008年開催)への出場権を獲得した[21]
  • 12月、休養中だった寺田桜子がチームからの離脱を表明。それに伴い石崎琴美が正式メンバーとして加入[22]
  • 1月、欧州遠征。WCT2試合に参加し、予選落ち2回。
  • 1月21日、第17回パシフィック選手権大会にリザーブとして出場した近江谷杏菜が正式メンバーとして加入[23]
  • 2月、第25回日本カーリング選手権優勝。同年3月に開催される第30回世界女子カーリング選手権の代表権を獲得した[24]
  • 2月、軽井沢国際カーリング選手権出場。準優勝[25]
  • 3月、第30回世界女子カーリング選手権出場。最終順位は日本代表として過去最高の4位[26]

2008年-2009年シーズン

2009年-2010年シーズン

  • 10月、カナダ・ブリティッシュコロンビア州バーノンで開催されたWCT「ツイン・アンカーズ招待」でツアー3勝目を上げる[30]。カナダ遠征ではツアー5試合に出場し優勝1回、3位2回、予選落ち2回。
  • 11月7日、青森市スポーツ会館で開催したバンクーバーオリンピック女子カーリング競技日本代表チーム決定戦で、2勝のアドバンテージを含めた4勝0敗でチーム長野に勝利し、トリノ五輪に続き2大会連続の五輪出場を決める[31]
  • 第19回パシフィックカーリング選手権: 2位 世界選手権への出場権を獲得
  • 12月10日、オリンピックでのチームとしてのシンボルマーク及び『クリスタル・ジャパン』という新ニックネームを発表する[32]
  • 1月、欧州遠征。WCT2試合に出場し、2位1回、5位1回。
  • 2月、バンクーバー冬季オリンピックカーリング競技女子出場。最終順位は8位。
  • 3月、第27回日本カーリング選手権優勝。同年11月開催の第20回パシフィックカーリング選手権への出場権の内定を得る。
  • 3月、第32回世界女子カーリング選手権出場。最終順位は11位。
  • 6月21日、目黒が競技の第一線から退き、引退する意向を公式に表明[33]。それに伴い元東光舗道・河西建設の青田しのぶが正式メンバーとして加入。他のメンバーは現役を続行して2014年開催のソチオリンピックを目指す意向を表明した。

2010年-2011年シーズン

  • 8月16日、本橋がチーム青森を脱退し、北海道北見市にて新チーム「ロコ・ソラーレ」を結成することを表明した。[34]
  • 10月-11月、カナダ遠征。WCT4試合に出場し予選落ち4回。
  • 第20回パシフィックカーリング選手権出場。最終順位は3位で世界選手権への出場を逃す。
  • 1月、欧州遠征。WCT2試合に出場し、2位1回。

選手

2003年-2006年3月

2006年5月以降

  • 目黒萌絵 (左利き:スキップ)
  • 本橋麻里 (右利き:サード)
  • 山浦麻葉 (右利き:セカンド)
  • 寺田桜子 (右利き:リード)

2007年12月以降

  • 目黒萌絵 (左利き:スキップ)
  • 本橋麻里 (右利き:サード)
  • 山浦麻葉 (右利き:セカンド)
  • 石崎琴美 (右利き:リード)

2008年1月21日以降

  • 目黒萌絵 (左利き:スキップ)
  • 本橋麻里 (右利き:サード)
  • 山浦麻葉 (右利き:セカンド)
  • 石崎琴美 (右利き:リード)
  • 近江谷杏菜(右利き:リザーブ)

2009年11月7日(バンクーバーオリンピック代表決定戦)

  • 目黒萌絵 (左利き:スキップ)
  • 近江谷杏菜(右利き:サード)
  • 本橋麻里 (右利き:セカンド)
  • 石崎琴美 (右利き:リード)
  • 山浦麻葉 (右利き:リザーブ)

2010年11月以降

  • 山浦麻葉 (右利き:スキップ→フォース)
  • 青田しのぶ(右利き:サード→スキップ)
  • 近江谷杏菜 (右利き:セカンド)
  • 石崎琴美 (右利き:リード)

2012年5月20日以降

  • 山浦麻葉
  • 青田しのぶ
  • 近江谷杏菜
  • 石崎琴美
  • 齋藤菜月

2013年・日本カーリング選手権

  • 青田しのぶ(スキップ)
  • 近江谷杏菜(サード)
  • 石崎琴美(リード)
  • 齋藤菜月(セカンド)
  • 近江谷七海(リザーブ)

暫定的メンバー

戦歴

2003年-2004年シーズン

  • 第21回日本カーリング選手権: 優勝

2004年-2005年シーズン

  • 第14回パシフィックカーリング選手権: 優勝
  • 軽井沢国際カーリング選手権大会: 優勝
  • 第22回日本カーリング選手権: 2位
  • 第27回世界女子カーリング選手権: 9位

2005年-2006年シーズン

  • オリンピック冬季競技大会日本代表(女子)選考会: 第1戦で「チーム長野」に勝利し、トリノ五輪カーリング競技女子日本代表決定
  • トリノ冬季オリンピックカーリング競技女子: 7位
  • 第23回日本カーリング選手権: 優勝

2006年-2007年シーズン

  • 第16回パシフィックカーリング選手権: 3位
  • 2007年世界女子カーリング選手権大会日本代表チーム選考会: 「チーム長野」に勝利し、同選手権代表内定
  • 冬季ユニバーシアードトリノ大会: 3位
  • 軽井沢国際カーリング選手権大会: 3位
  • 第24回日本カーリング選手権: 優勝
  • 第29回世界女子カーリング選手権: 8位

2007年-2008年シーズン

  • 第17回パシフィックカーリング選手権: 2位
  • 軽井沢国際カーリング選手権大会2008:準優勝
  • 第25回日本カーリング選手権: 優勝
  • 第30回世界女子カーリング選手権: 4位

2008年-2009年シーズン

  • 第18回パシフィックカーリング選手権: 3位
  • 軽井沢国際カーリング選手権大会2009: 3位
  • 第26回日本カーリング選手権: 優勝

2009年-2010年シーズン

  • 第19回パシフィックカーリング選手権: 2位
  • オリンピック冬季競技大会日本代表(女子)選考会: 「チーム長野」に勝利し、バンクーバー五輪カーリング競技女子日本代表決定
  • バンクーバー冬季オリンピックカーリング競技女子: 8位
  • 第27回日本カーリング選手権: 優勝
  • 第32回世界女子カーリング選手権: 11位

2010年-2011年シーズン

  • 第20回パシフィックカーリング選手権: 3位

出版物

書籍

  • 「カーリングガールズ」(エムジー・コーポレーション、2007年)ISBN 4900253316
  • 「カーリング魂。」小野寺歩著(小学館、2007年) ISBN 4093877084

雑誌

DVD

  • 「国際オリンピック委員会オフィシャルDVD トリノ2006オリンピック冬季競技大会 カーリング」(日活、2006年)
  • 「CURLING LIFE -バンクーバーへの道-」(NTTラーニングシステムズ、2007年)
  • 「CURLING LIFE2 -2年目の躍進-」(NTTラーニングシステムズ、2008年)

その他

  • トリノオリンピック以前、日本カーリング選手権の観客数は100名程度であった。しかし同五輪閉幕後に開催された第23回日本カーリング選手権では1000人を超え、入場者制限が行われた[35]
  • 2006年5月2日から旅行会社エイチ・アイ・エスのテレビCMに初出演。ハワイアンシャツとショートパンツというスタイルでカーリングをする内容。
  • 2007年、NTTラーニングシステムズから広報担当として近藤学が加入。広報加入の背景には阿部晋也コーチが2006年のクリスマスに近藤をスカウトした逸話がある。後に本橋麻里が八甲田ホテルを退社してNTTラーニングシステムズに入社。カーリング界初の所属契約を締結。
  • 2009年から2010年までの1年間で17億円の経済効果をもたらしたとされる。
  • 2010年5月15日からSUNTORYのテレビCMに選手5人が出演。本橋が炊飯ジャーを路上で滑らせ、おにぎりを朝食として伊藤淳史に差し入れる内容。
  • 日本代表としての活動時には日本カーリング協会が設定したカーリング日本代表の愛称である『クリスタル・ジャパン』とも呼ばれた。
  • 2017年9月、青田しのぶと齋藤菜月が中心となって『Delight青森』を結成した[36]。応援する会の杉本代表(みちのく銀行会長)は「チーム青森の後継ではなく、全く別立てのチーム」との見解を示している[37]

脚注

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  1. ^ 朝日新聞 2013年11月2日東京夕刊94版 9面
  2. ^ 「カーリング有力選手が続々青森に」 東奥日報、2003年12月21日(日)
  3. ^ 2004 Barton Insurance Brokers Crown of Curling Archived 2009年10月28日, at the Wayback Machine. ASHAM WorldCurlindTour公式サイト 2010年10月16日閲覧
  4. ^ 「本県カーリング女子世界選手権へ」 東奥日報、2004年11月26日
  5. ^ 「県協会 決勝で敗れる/カーリング」 東奥日報、2005年2月27日(日)
  6. ^ 「カーリングT青森が日本選手権V」 東奥日報、2006年3月12日
  7. ^ 「チーム青森・小野寺さんと林さん 青森の4年間に感謝」 東奥日報、2006年4月4日
  8. ^ 「チーム青森に東北運動記者特別賞」 東奥日報、2006年5月1日
  9. ^ 「T青森の小野寺、林が卒業会見」 東奥日報、2006年5月17日
  10. ^ 「T青森 世界選手権出場は決定戦で」 東奥日報、2006年5月19日
  11. ^ 「チーム青森の新メンバー決まる」 東奥日報、2006年5月28日
  12. ^ 「チーム青森銅メダル/冬季ユニバ」 東奥日報、2007年1月26日
  13. ^ 「チーム青森は3位/軽井沢国際」 東奥日報、2007年2月4日
  14. ^ 「チーム青森は通算4勝7敗で8位」 東奥日報、2007年3月22日
  15. ^ 「チーム青森の寺田選手が休養」 東奥日報、2007年9月3日
  16. ^ 「チーム青森、カナダ合宿へ出発」 東奥日報、2007年9月17日
  17. ^ Meyers Norris Penny Charity Classic Archived 2014年7月27日, at the Wayback Machine. ASHAM WorldCurlindTour公式サイト 2010年10月16日閲覧
  18. ^ 「チーム青森が5勝目/P選手権 」 東奥日報、2007年11月22日
  19. ^ 「チーム青森が2位/P選手権」 東奥日報、2007年11月24日
  20. ^ 2007PACIFIC CURLING CHAMPIONSHIPS RESULT Archived 2007年11月25日, at the Wayback Machine. 日本カーリング協会
  21. ^ 「日本女子が世界選手権出場権獲得」 東奥日報、2007年11月24日
  22. ^ 「寺田桜子がチーム青森を離脱」 東奥日報、2007年12月18日
  23. ^ カーリング チーム青森に近江谷選手加入 Archived 2008年1月25日, at the Wayback Machine. 陸奥新報、2008年1月22日
  24. ^ 「チーム青森が3連覇/日本選手権」 東奥日報、2008年2月11日
  25. ^ 「チーム青森は準優勝/軽井沢国際」 東奥日報、 2008年2月18日
  26. ^ 「チーム青森、スイスに敗れ4位」 東奥日報、2008年3月30日
  27. ^ 「チーム青森3位、世界選手権逃す」 東奥日報、2008年11月8日
  28. ^ 「チーム青森3位/国際カーリング」 東奥日報、 2008年2月1日
  29. ^ 「チーム青森が4連覇/カーリング 」 東奥日報、 2008年2月15日
  30. ^ 2009 Twin Anchors Invitational Archived 2011年8月31日, at the Wayback Machine. ASHAM WorldCurlingTour公式サイト 2010年10月16日閲覧
  31. ^ チーム青森完勝、五輪代表に決定 Archived 2009年11月10日, at the Wayback Machine. サンケイスポーツ 2009年11月7日閲覧
  32. ^ チーム青森、新愛称は『クリスタル・ジャパン』 Archived 2009年12月13日, at the Wayback Machine. サンケイスポーツ 2009年12月10日閲覧
  33. ^ 「目黒選手がT青森脱退を正式表明 」 東奥日報、 2010年6月21日
  34. ^ 本橋、北海道で新チーム結成/カーリング Archived 2010年10月19日, at the Wayback Machine.サンケイスポーツ、2010年8月16日
  35. ^ 「来た、見た、勝った! / 延べ5千人大観衆熱狂」 東奥日報、2006年3月13日
  36. ^ “カーリング女子チーム「Delight青森」お披露目 北京五輪目指し始動”. 産経ニュース. (2017年12月19日). http://www.sankei.com/sports/news/171219/spo1712190008-n1.html 2018年3月25日閲覧。 
  37. ^ “新カーリングチーム「Delight青森」始動”. 東奥日報. (2017年12月18日). https://this.kiji.is/315689724881814625 2018年3月25日閲覧。 

関連項目

外部リンク