チュパチャップス

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チュパチャップス
メンバー 星田英利(ボケ)
宮川大輔(ツッコミ)
結成年 1990年
解散年 1999年
事務所 よしもとクリエイティブ・エージェンシー大阪本社
活動時期 1990年 - 1999年
出身 NSC大阪校9期生
旧コンビ名 チュッパチャップス
現在の活動状況 解散(共にピンで活動)
芸種 コント
ネタ作成者 星田英利
同期 ナインティナインへびいちご矢野・兵動川畑泰史など
受賞歴
1993年 第14回ABCお笑い新人グランプリ 新人賞
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チュパチャップス(Chupa Chapps)は、かつて存在した吉本興業所属のお笑いコンビである。通称『チュパ』。

メンバー[編集]

ボケ・ネタ作り担当。
元芸名は『ほっしゃん。』。
ツッコミ担当。

略歴[編集]

共にNSC9期生。星田は高校卒業後、すぐに、NSCに入学したのに対し、宮川は高校生の時に、宮川の父親の同級生であった関西テレビアナウンサーの、桑原征平(2004年に定年退職によりフリーに転身)の紹介で、中途入学でNSCに入学しており(その後、高校は卒業している)、星田の方が年上である。NSC卒業後、『ギャグパラダイス』をすぐに解散した星田が宮川を誘う形で1991年3月にコンビ結成。尚、結成時のコンビ名は『チュパチャップス』だったが、すぐにクレームが出てきて[誰によって?]『チュパチャップス』に改名した。同年、吉本興業の若手6組によるユニット『吉本印天然素材』(後に天然劇場と改称)に参加。

ネタは主にコントを行っていた。

コンビ時代末期は仲が悪かったらしく、宮川が星田の言動に常にイライラしていたという。決して売れっ子とは言えないコンビであり、天然劇場が終了してからは更に仕事が激減。[要出典]

1999年7月、名古屋駅の新幹線のホームにて宮川が役者をやりたいという事を星田に告げ(もともと宮川は役者志望であったものの、父親の同級生である関西テレビアナウンサーであった桑原征平が紹介できる事務所が吉本しかなかったため、吉本入りした経緯がある)、今後の方向性の違いを認識してコンビを解消したと後に番組で本人達が語っている。そして双方ともピン芸人に転向した。『ナンバ壱番館』によると、天然劇場が終了し、仕事が激減し悩んでいたある日、宮川が星田の祖父の形見であるタバコを吸い、しかも「まずい」と一口でもみ消してしまったことが、コンビ仲を引き裂く決定的な原因であったという。[要出典]

解散後、宮川は俳優業を中心に活動、その後、ルミネtheよしもとの新喜劇に出演し、芸人として復帰するなど、それなりの成功も収めていたが、コンビ時代以上にメディア露出などは激減。星田は、4年間で仕事が3本しか無いなど低迷時代が長く続いた。生活は共に苦しく、宮川はロシア料理店で働き、星田は道路工事のアルバイトで生計を立てていた。[要出典]

2005年2月に星田改め『ほっしゃん。』が『R-1ぐらんぷり』で優勝した頃より少しずつテレビでの露出が増えてきた。元々ルミネtheよしもとの新喜劇に揃って出演し、ほっしゃん。の優勝後も2人でトークライブを開催していたが、芸人や俳優の仕事も増え、『めちゃ2イケてるッ!』『やりすぎコージー』『人志松本のすべらない話』『満天☆青空レストラン』などで、元コンビということをネタにしたりして共演することも増え、コンビ時代以上に露出が多くなっている。

なお、2人がかつてコンビだったことは、公式には現在シークレット扱いとされており、『チュパチャップス』のコンビを組んでいた事実そのものがなかったことになっている(例えば雑誌の取材で書かれるプロフィールに、チュパチャップスについての記述や、宮川もしくはほっしゃん。とコンビを組んでいたという記述は、まず見られない)。ただし必ず隠しているというわけではないので、前述のように番組で元コンビであったことを弄ったり、「満天☆青空レストラン」では過去の映像を交えて当時コンビだったことを二人で明かすなど元コンビであったことをアピールしている光景も見られる。よって、元コンビとしてピン同士で共演するという異例の現象(解散したコンビの多くは一方もしくは両方が芸人引退か裏方に転身することが多い)が起きている。[独自研究?]

テレビ・ラジオ出演[編集]