チャンパー

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チャンパーサンスクリット語: चम्पा, ラテン文字転写: Champa)は、ガンジス川南岸にあった古代インドの都市。アンガ国の都であった。

チャンパープリサンスクリット語: चम्पापुरी, ラテン文字転写: Champapuri)、チャンパーナガルサンスクリット語: चंपानगर, ラテン文字転写: Champanagar)、チャンパーヴァティーサンスクリット語: चंपावती, ラテン文字転写: Champawati)、チャンパープリーサンスクリット語: चंपापुरी, ラテン文字転写: Champpuri)、チャンパーマーリニーサンスクリット語: चंपामालिनी, ラテン文字転写: Champamalini)などの別名がある。

歴史[編集]

チャンパーはガンジス川とチャンダン川英語版の合流点に位置し、マハーゴーヴィンダによって建設されたとされている。古くはマーリニーサンスクリット語: मालिनी, ラテン文字転写: Malini)の名で知られていた[1]が、アンガ王ローマパーダ英語版の後にチャンパーと改められた。ガッガラー女王によって作られ、旅行者や修道者の休息地として知られるガッガラー池の堤に植えられていたキンコウボク英語版(チャンパカ、オガタマノキ属)の花が香り立つことから「チャンパー」の名がついたとされる[1]

チャンパーは商業の中心として発展し、海上交易で知られた。アンガ国がマガダ国に併合された後もチャンパーは重要な拠点として繁栄[1]し、釈迦マハーヴィーラ、ゴシャールらが何度も訪れた。12番目のティールタンカラであるヴァスプジャ英語版もチャンパーで生まれ、ケーヴァラ・ジュニャーナを達成している。チャンパーはジャイナ教の主要な巡礼地となり、十進法式もここで作られた。

7世紀前半には玄奘が訪れ、『大唐西域記』に瞻波の名で記している[1]

現在、「チャンパー」の名はバーガルプル近くのチャンパーナガルとチャンパープル(サンスクリット語: चंपापुर, ラテン文字転写: Champapur)にその名残をとどめている[1]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e 『アジア歴史事典』6、平凡社編、平凡社1984年4月(原著1960年)、新装復刊版、177頁。ISBN 978-4582108002