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チャンコ増田

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ちゃんこ ますだ
チャンコ増田
生誕 増田 学
(1970-04-11) 1970年4月11日(47歳)
東京都浅草
国籍 日本の旗 日本
職業 実業家
著名な実績 抱き枕

チャンコ増田(チャンコますだ・本名 増田 学(ますだまなぶ)[1]1970年昭和45年)4月11日[1] - )は元編集者[2]オタク実業家美少女キャラクターのイラストをプリントした抱き枕同人誌即売会などで販売して話題を集めた。同人サークル「D.D.D」世話役[3]

概要

2009年(平成21年) 東方オンリー同人誌即売会「博多東方祭」開催[4]2010年(平成22年)7月4日に香川県高松にて「中四国東方祭」を開催[5]。以降は「東方四国祭」に統合。2011年4月3日には通算10回目の開催となる「新潟東方祭9」を開催[6][7]

来歴

東京・浅草に育つ。高校卒業後、地元企業、玩具業界紙の記者となる。本業に携わる傍ら、1990年代初頭頃からアニメグッズなどの古物販売の店「江戸主水(えどもんど)のお店」を副業として始める。この副業はパソコン通信の売買掲示板を主な取引場所として活用した。この古物販売は時々まとまった利益をあげた。

1993年に業界紙の記者を辞め、『ファミコン通信』(以下『ファミ通』)の編集部に編集者として入社。大食漢であった事から編集部において「チャンコ増田」というあだ名がつけられ、その後本人も「チャンコ増田」をハンドルネーム・ペンネームとして用いるようになる。

『ファミ通』編集者時代は誌面への露出も多く、ヘアヌード(ただしヘアは陰毛ではなく脇毛)を誌上で公開するなど独特のアクの強さを読者に対して印象づけた。このアクの強さを特に演出したのが、同誌に連載されていた漫画『ファミ通のアレ(仮題)』である。同作品中にはきわどい発言・格好をするチャンコ増田がたびたび登場した。

1996年(平成8年)5月に『ファミ通』編集部を退職、誌上では「業務中に駄菓子を購入しに外出したまま行方不明になった」事を退職理由として公表されていたが、本人いわく、正式な退職手続きを踏んだ上での離職だったとのことである。

同年10月、Leafオンリーの同人誌即売会「LeafFan」において、表裏に秋葉凪樹が描いたアダルトゲームTo Heart』に登場するキャラクター「マルチ」のイラストを印刷した抱き枕カバー「錦縮緬伽羅倶利娘夜伽枕」(にしきちりめんからくりむすめよとぎのまくら)を「江戸主水のお店」名義で販売した。当時はこのキャラクターが男性オタクの間で絶大な人気を集めていたこともあり、続く12月のコミックマーケットにおいて販売した天王寺きつねが描いた『サムライスピリッツ』のキャラクター「ナコルル」の抱き枕と共に、会場で大きな話題を呼んだ。

その後も夏・冬のコミックマーケットを中心に各種同人誌即売会インターネット同人ショップなどでアニメやゲームのキャラクターイラストを印刷した抱き枕を販売し、さらには追随するサークルも続々と現れるようになり、「抱き枕」は同人界において新しい創作ジャンルとして認知されるようになった。

1999年9月ゲーメスト』を発行していた新声社が倒産した際、ビル内にあった同社の在庫グッズの調達に成功。後のコミックマーケットに企業出展販売することで、利益を拡大した。

また同人サークルとしての「江戸主水のお店」は1997年に活動を終了し、2005年までの同人活動は「チャンコとゆかいな仲魔たち」名義で行われるようになる。

2002年日本テレビの番組『マネーの虎』に一般参加者として出演し、様々な面で話題を集めた。出演の理由は「美少女キャラの抱き枕販売を事業化を実現するため」であったが、あまりにも事業が無計画である事や、・出資への交渉の間に発する「オタクは素晴らしい」「オタクイズビューティフル」といった突飛な言動や出資者である社長らへの敬称などを、彼らからは厳しく叱責された。またこのとき、商品サンプルとして持ち込んだ抱き枕の絵柄は『To Heart』のキャラクター「HMX-13“セリオ”」であった。出資者らの多くが白眼視ないしは疑念を呈するなか、出演者の川原ひろしは「これは単純に売れる」とコメントしたが、版権管理の甘さや競合阻止の甘さ・事業計画性の無さを指摘され、最終的に出資0(「ノーマネーでフィニッシュ」)となった。

2005年11月2002年に自ら設立した有限会社トレジャーハンターが倒産。この際、本人は「やる気まんまん、2006年は復活の年」とmixiの日記でコメントしている。


2006年1月、サークル名を「チャンコとゆかいな仲魔たち」から「dakimakura.net」へ変更。それに伴い代表者も変更となり、本人はサークルの一員として活動するとしているが、実質的な顔・広告塔としての立場に変更は無く、増田以外のサークルメンバーの言動が一切確認できない。この時期にはすでに『ToHeart2』や『東方Project』を題材にした抱き枕の製作を発表している。

2007年、両親の実家のある茨城県結城市にて活動。

2008年(平成20年)4月24日、サークルメンバーと協議の結果「dakimakura.net」を解散、新たにサークル「D.D.D」(同人結社・抱キ枕・團(どうじんけっしゃ・だきまくら・だん))を結成し、心機一転出直すと発表した。ただし、活動方針である「抱き枕を主体とした創作活動」や、増田以外の名義の代表者には変化はなく、実質的なサークル名変更とホームページの移転である。 同年、5月25日開催の「博麗神社例大祭」においても、サークル参加(配置:い03a)が確認されており活動形態にも変更は見られない。

2015年11月、(おもに自ら開催する)東方Project同人イベントの開催地への移動を考慮し、九州・福岡市へと移住[8]

脚注

  1. ^ a b チャンコ増田@2/1福岡合同祭3開催 (@chanko_masuda) | Twitter
  2. ^ そして伝説へ…シリーズ 『チャンコ増田』さん(前編) 2004/05/01 探偵ファイル
  3. ^ 「チャンコ増田」のプロフィール pixiv
  4. ^ 博多東方祭HP
  5. ^ 増田学中四国東方祭 | イベント概要 平成25年10月28日
  6. ^ 新潟東方祭
  7. ^ 新潟東方祭⑨サークル参加
  8. ^ 【転居の挨拶】11/1を持ちまして、九州・福岡に転居することになりました。

外部リンク