チャップリンとパン屋

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チャップリンとパン屋
Dough and Dynamite
監督 チャールズ・チャップリン
脚本 マック・セネット
製作 マック・セネット
出演者 チャールズ・チャップリン
チェスター・コンクリン
フリッツ・シェイド
ノーマ・ニコルズ
セシル・アーノルド
ヴィヴィアン・エドワーズ
フィリス・アレン
撮影 フランク・D・ウィリアムズ
配給 キーストン・フィルム・カンパニー
ミューチュアル・フィルム
公開 1914年10月26日
上映時間 33分
製作国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
言語 サイレント映画
英語字幕
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チャップリンとパン屋』(Dough and Dynamite) は、1914年公開の短編サイレント映画キーストン社による製作で、主演・監督はチャールズ・チャップリン。1971年に映画研究家ウノ・アスプランドが制定したチャップリンのフィルモグラフィーの整理システムに基づけば、チャップリンの映画出演29作目にあたる[1][注釈 1]

あらすじ[編集]

食堂の2人のウェイター(チャップリン、チェスター・コンクリン)は、近くのパン屋でストライキが起こったことに乗じてパン屋を乗っ取ろうと画策する。ストライキを決行した職人連中は、乗っ取られてはたまらないとオーブンに入れる前のパンにダイナマイトを仕込む。その間、チャーリーはパン屋の主の妻(ノーマ・ニコルズ)をたぶらかし、主(フリッツ・シェイド英語版)の嫉妬を誘って救い出す。やがてパンはオーブンで爆発する[2][3]

背景・評価[編集]

いわゆるキーストン映画の予算の上限額は、誰が撮った作品にしろ1000ドルが上限であった[4]。チャップリンももちろんこの枠の中で作品を撮っていたのだが、この作品に限っては製作費は超過して1800ドルもかかってしまった[5]。予算超過のため、マック・セネットが『恋の二十分』以来続けていた1作あたり25ドルのボーナスも、この時ばかりは止められることとなった[6][7]。またセネットは、作品を二巻ものにしないと採算が取れないと提案し、チャップリンもこれに従った[6][7]。しかし、作品が公開されるや否や1年目だけで3万ドル[6]とも13万ドル[8]とも言われる儲けをキーストン社にもたらしたヒット作となった。のち、「ストライキを起こした連中がダイナマイトを仕掛ける」という設定は、『チャップリンの舞台裏』に転用される[8]

ところで、いわゆる「チャーリー英語版」は「弱者」の代表にカテゴライズされることが多く、チャップリン研究家の大野裕之は、初登場の『ヴェニスの子供自動車競走』でそういう構図が早くも完成しているとしている[9]。ところが、この作品(と『チャップリンの舞台裏』)においては「チャーリー」はストライキを起こした職人に肩入れすることはない[8]。映画研究家ジュリアン・スミスは、「チャーリー」は決して階級を意識して主体的に活動をすることはなく、あくまで闘争に巻き込まれたりするなどのハプニングを経て「弱者」の雰囲気を観客に伝えていると論じている[8]。そもそも「チャーリー」は何かしらの意思行動やメッセージを自ら発するキャラクターではなく、『独裁者』(1940年)のラストの演説シーンは唯一の例外である[8]

キャスト[編集]

etc

日本語吹替[編集]

俳優 日本語吹替
チャールズ・チャップリン 大塚芳忠
チェスター・コンクリン 多田野曜平
フリッツ・シェイド 駒谷昌男
ノーマ・ニコルズ 雨蘭咲木子
(ナレーター) 羽佐間道夫
この作品はサイレント映画だが、チャップリンのデビュー100周年を記念し、日本チャップリン協会監修のもと、スターチャンネルで日本語吹替が製作された[11]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 1914年製作、2010年発見の『泥棒を捕まえる人』を除く

出典[編集]

  1. ^ #大野 (2007) p.252
  2. ^ #Imdb
  3. ^ #BFI
  4. ^ #自伝 pp.175-176
  5. ^ #自伝 p.175
  6. ^ a b c #自伝 p.176
  7. ^ a b #ロビンソン (上) p.167
  8. ^ a b c d e #大野 (2007) p.117
  9. ^ #大野 (2005) pp.24-25
  10. ^ 吹替で蘇る!チャップリン笑劇場”. STAR CHANNEL. 2014年8月28日閲覧。
  11. ^ チャップリンとパン屋”. STAR CHANNEL. 2014年8月28日閲覧。

参考文献[編集]

外部リンク[編集]