チャイナエアラインの航空事故
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チャイナエアラインの航空事故(チャイナエアラインのこうくうじこ)では、中華民国(台湾)の航空会社であるチャイナエアライン(旧・中華航空(1995年まで)を含む)の航空機による事故について解説する。なお、機体が全損しないまでも、負傷者を出したりしたため、大きく報道された航空事故も含まれている。
墜落事故[編集]
- 悪天候のもと、台北松山空港への着陸に失敗し墜落。乗員乗客31人中14人が死亡、17人が負傷した。
- 1971年11月20日:中華航空825便(シュド・アビアシオン カラベル、機体記号B-1852)
- 訓練飛行で台湾桃園国際空港の近く台湾海峡に墜落、乗員6人が死亡した。
- マニラ国際空港に着陸失敗、乗客2人が死亡した。
- 台北から澎湖諸島に向かっていたが、着陸寸前に近くの海上に墜落。乗員乗客13人全員が死亡した。なお同機は1969年に製造され、以前全日本空輸が運航かつ日本で最初に導入されたボーイング737(元JA8401)であった。
- 花蓮から台北にむけて離陸して3分後に、パイロットが出発経路を誤ったため山腹に激突。乗員乗客54人全員が死亡した。
- 上昇中に第3エンジンを主翼に止めるヒューズピンが破断し脱落。同時に第4エンジンも脱落し台北の北東約20kmに墜落。乗員5人全員が死亡した。
- 名古屋空港着陸時に、副操縦士が誤って着陸復航モードの自動操縦状態にしてしまい、その状態のまま無理矢理着陸しようとするも上手くいかず、そのため着陸復航しようとするも、機首上げ操作のみが作動したため垂直上昇しすぐに失速して墜落。乗客乗員271人中264人が死亡、7人が重傷を負った。この事故では損害賠償を巡って2003年まで争われた(中華航空が責任を認めた)。日本国内で起こった中華航空の墜落事故は本件のみなので、日本国内では単に中華航空機墜落事故と呼ばれている。
- この事故の後、1995年に日本名呼称を「チャイナエアライン」に変更
- 1998年2月16日:チャイナエアライン676便墜落事故(エアバスA300-600R、機体記号B-1814)
- 台北中正国際空港(現・台湾桃園国際空港)の近くの住宅街に墜落、乗員乗客196人全員と、近隣住民6人の合わせて202人が死亡した。 上の140便の事故と同機種で、しかも状況(着陸態勢)や理由(着陸復航のために自動操縦モードを解除した後、垂直に近く機首が上がって失速)も酷似していたため、チャイナエアラインは大きな批判を浴びた。
- 1999年8月22日:チャイナエアライン642便着陸失敗事故(マクドネル・ダグラス MD-11、機体記号B-150)
- 香港国際空港に台風による強い風の中を着陸しようとしていた、バンコク発香港経由台北行きの旅客機(機体塗装はマンダリン航空)が、台風の突風に煽られて機体が傾いたため、主翼から接地し機体がひっくり返って爆発炎上。幸い火はすぐに消し止められたが、乗客3名が死亡、208名が重軽傷を負った。現在の香港国際空港初の死亡事故となった。
- 2002年5月25日:チャイナエアライン611便空中分解事故(ボーイング747-200、機体記号B-18255)
- 過去に同機は離陸時にしりもち事故を起こしていた。この際の機体スキンの修理が不適切だったため、金属疲労による亀裂が発見されることなく、徐々に進行していった。そしてついに台湾海峡上空で空中分解して墜落。乗員乗客225人全員が死亡した。
重大インシデント[編集]
以下の項目は飛行中に事故が発生したものの墜落を免れたり、地上滑走中に事故に遭遇した事故のうち、大きく報道されたものである。
- 諸般の事情で到着が大幅に遅れていた台北発大阪経由東京行きの便が、特例で午前4時に着陸することになったが、管制塔がこの時滑走路で標識塗り替え作業を行っていた作業員にその旨を連絡しておらず、更に航空機からもスモッグの影響で作業員の姿を確認できなかった。結果、着陸の際に旅客機の主脚が滑走路上に停車していた作業用ライトバンに接触、運転席にいた職員が圧死した。旅客機の方は無事に着陸した。
- 台北からロサンゼルスへ向かう途中、第4エンジンが異常により停止。本来なら自動操縦を解除し、方向舵を操作して機体のバランスを図るべきところだが、機長ら操縦乗員は自動操縦に依存し過ぎていたため、やがて機体が失速速度まで減速し、サンフランシスコの沖合できりもみ状態になって降下した。およそ2分間で1万メートル近くも垂直降下したが、途中偶然に展開状態となったランディングギア(車輪)がエアブレーキの働きをしたため機体のバランスを取り戻すことに成功し、サンフランシスコ国際空港に緊急着陸。機体は大きく損傷し、重軽傷者多数を出したものの、幸い死者は出なかった。
- 香港の啓徳空港に着陸進入中に滑走路半ばに接地してオーバーランし、滑走路先の海中に落下し23人が負傷した。原因は台風の強風に煽られ操縦士が操縦ミスを犯したことだが、同空港はいわゆる香港カーブと呼ばれる着陸の際に操縦士にとって非常に技量が要求される空港。同機は完成して1年も経過しておらず、またボーイング747-400が全損する初の事故であった。水没した機体は垂直尾翼が爆破された後、引き揚げられ解体された。
- 福岡空港から台北へ向けて離陸直後、ノーズギアの格納扉が閉じていないことを示す警告灯が点灯したため1時間後に福岡空港へ緊急着陸した。問題の格納扉を取り外した後で再度出発したが、やはりノーズギアが格納できず、再び福岡空港に緊急着陸した。乗客210人に怪我はなかった。結局、同機の運航は中止となり、乗客は約10時間遅れで代替機による臨時便で台北に向かった。
- 2007年8月20日:チャイナエアライン120便炎上事故(ボーイング737-800、機体記号B-18616)
- 台北からの定期便が沖縄県の那覇空港に着陸、タキシング後、駐機スポットに停止する寸前で燃料の漏出と右エンジンからの出火が確認され、乗客全員が避難した後に爆発、全焼した。乗員乗客に死者は無かった。事故機は2002年に製造されたが、スラットに取り付けられていたボルトが脱落し、これがスラットの可動部に押されて燃料タンクを突き破り、燃料が大量に漏出したのが主な原因と見られる。詳細な原因については調査中である(2007年8月31日現在)。
- 2007年9月20日:チャイナエアラインのチャーター機(ボーイング737-800、機体番号B-16805)
- 佐賀空港に着陸後、胴体後部ドア付近に77cmの亀裂が見つかった。原因は機内のトイレなどからの水漏れによる腐食であった。10月5日午後、仮修理を終えて乗員2人のみで台湾に向けて離陸途中、滑走路をオーバーランし過走帯灯(過走帯の末端を示す灯火)1個を破壊したものの、かろうじて離陸に成功した。しかしその後、計器表示に異常が発生したため佐賀空港に引き返した。原因はピトー管に虫が詰まっていたことだった。10月11日、無事に台湾へ帰還した。