チェンバロ協奏曲 (バッハ)

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チェンバロ協奏曲は、ヨハン・ゼバスティアン・バッハが作曲したチェンバロ協奏曲。1台用から4台用まであり、1台用は8曲(うち1曲は断片)、2台用3曲、3台用2曲、4台用1曲の計14曲がある。

概要[編集]

バッハは晩年になって、ライプツィヒに活動の場を移し、聖トーマス教会合唱長の務めや、アマチュアの楽団「コレギウム・ムジクム」の指導を引き受けたりもした。そこで教材を用いる作品を定期的に供給することは、晩年のバッハにとって相当な負担が強いられる仕事であったが、同時にバッハが鞭打って創作に励む原因にもなり、バッハはこの目的のためにかなりの量の作品を作曲し、世に送り出している。

チェンバロ協奏曲もその例として生み出されたものであり、それらの大部分は1729年から1739年に作曲されたと推定されている。一方、バッハはこの時期に現在知られているだけでも、最低13曲のチェンバロ協奏曲(2台と3台と4台のチェンバロ協奏曲を含める)を作曲している。しかし、このうちバッハが最初からチェンバロのために作曲したという確証があるものは全部で5曲しかなく、他のチェンバロ協奏曲はバッハの旧作、あるいは他の作曲家たちの作品を改作(または編曲)したものであると考えられている。だが、それらの原曲は大半が紛失し、全て残っているわけではないが、今日では紛失した原曲の復元作業が進んでおり、「オリジナル版」として盛んに演奏が行なわれている。

バッハがコレギウム・ムジクムの仕事を始めた頃、長男のヴィルヘルム・フリーデマン・バッハ、次男のカール・フィリップ・エマヌエル・バッハを始めとする息子たちや、弟子のJ.L.クレプスらが一流のチェンバロ奏者に成長しており、これには、チェンバロ協奏曲の成立の背景であったと思われる。

編曲にあたって、バッハは独奏チェンバロの特性を生かすべく、様々な工夫が施されている。

協奏曲の原曲[編集]

原曲の編成はすべて弦楽と通奏低音である。

1台用
BWV 協奏曲 原曲 備考
1052 協奏曲 ニ短調 ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 原曲はBWV1052Rとして復元された
1053 協奏曲 ホ長調 ヴァイオリン協奏曲 /または オーボエ協奏曲 ヘ長調 原曲は紛失
1054 協奏曲 ニ長調 ヴァイオリン協奏曲第2番 ホ長調 BWV1042
1055 協奏曲 イ長調 オーボエ・ダモーレ協奏曲 イ長調 原曲はBWV1055Rとして復元された
1056 協奏曲 ヘ短調 ヴァイオリン協奏曲 ト短調 原曲はBWV1056Rとして復元された
1057 協奏曲 ヘ長調 ブランデンブルク協奏曲第4番 ト長調 BWV1049 チェンバロと2つのリコーダーのための協奏曲
1058 協奏曲 ト短調 ヴァイオリン協奏曲第1番 イ短調 BWV1041
1059 協奏曲 ニ短調 オーボエ協奏曲 断片のみ。BWV1059aとして復元された
2台用
1060 協奏曲 ハ短調 オーボエ、ヴァイオリン、弦楽と通奏低音のための協奏曲 ハ短調 原曲はBWV1060Rとして復元された
1061 協奏曲 ハ長調 (オリジナルであり原曲はない) 伴奏なしの版はBWV1061aとして知られる
1062 協奏曲 ハ短調 2つのヴァイオリンと弦楽と通奏低音のための協奏曲 ニ短調 BWV1043
3台用
1063 協奏曲 ニ短調 ヴァイオリン、フルート、オーボエ(?)と弦楽と通奏低音のための協奏曲
1064 協奏曲 ハ長調 3つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ長調 原曲はBWV1064Rとして復元された
4台用
1065 協奏曲イ短調 4つのヴァイオリン、弦楽と通奏低音のための協奏曲 ロ短調 ヴィヴァルディ作曲、RV.580

楽曲の解説と構成[編集]

この協奏曲集においては、「独奏チェンバロ、弦楽合奏および通奏低音」という楽器編成が全曲を通して基本になっている。

チェンバロ1台用[編集]


チェンバロ協奏曲第1番 ニ短調 BWV1052[編集]

チェンバロ協奏曲第1番 ニ短調 BWV1052


Simon Schindler(指揮)、Johannes Volker Schmidt(ピアノ)、フルダ交響楽団による演奏

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チェンバロ協奏曲第1番 ニ短調の原曲は、消失した『ヴァイオリン協奏曲 ニ短調』の編曲。ただし、原曲がバッハ自身の作品であったかどうかについても確証がなく、疑問がもたれている。第1楽章、第2楽章はカンタータ第146番『われら多くの苦難を経て』に、第3楽章はカンタータ第188番『われはわが信頼を』の序曲に転用されている。なお、このチェンバロ協奏曲第1番の異稿(BWV1052a)が存在する。

バッハのチェンバロ協奏曲の中で最も完成度が高く、有名な作品となっており、両端楽章で繰り広げられるチェンバロのブリリアントな名人芸は、その華やかな魅力によって聴き手を捉えて離すことがない。1738年から1739年頃にかけて作曲されたと考えられている。

構成は3楽章からなり、演奏時間は約20分。

第1楽章 アレグロ ニ短調、2分の2拍子。

 リトルネッロ形式による楽章で、全楽器が力強いユニゾンの主題で始まる。

第2楽章 アダージョ ト短調、4分の3拍子。

 終始反復される低音主題の上で、チェンバロが装飾的な旋律を美しく歌い継いでいく楽章。

第3楽章 アレグロ ニ短調、4分の3拍子。

 リトルネッロ形式によるフィナーレで、活気に満ちた主題が、楽章全体にエネルギッシュな生命感を与える。チェンバロのソロが単独で腕前を披露する機会も多い。

チェンバロ協奏曲第2番 ホ長調 BWV1053[編集]

チェンバロ協奏曲第2番 ホ長調 BWV1053


Matthew Ganong(チェンバロ)、Jacques Israelievitch(バイオリン)、Stephen Balderston(チェロ)、アドベント室内楽団による演奏

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チェンバロ協奏曲第2番 ホ長調の原曲は、消失したヴァイオリン協奏曲、あるいはオーボエフルートのための協奏曲の編曲であると考えられている。第1楽章はカンタータ第169番『神ひとりわが心を占めたまわん』のシンフォニアを移調したもので、第2楽章は同じカンタータのアリアを転用し、第3楽章はカンタータ第49番『われは生きて汝をこがれ求む』に転用された。

前曲の第1番に匹敵するほどの規模を誇っているが、ここではチェンバロと弦楽の絡み合いが特色となっている。1738年から1739年頃にかけて作曲されたと考えられている。

構成は3楽章からなり、演奏時間は約18分。

第1楽章 (アレグロ)ホ長調、4分の4拍子。

 リトルネッロ形式とダ・カーポ形式の融合である。リトルネッロ主題の3つのモティーフに基づいて展開される。

第2楽章 シチリアーノ 嬰ハ短調、8分の12拍子。

 弦の合奏の前奏と後奏に挟まれつつ、ソロが歌謡的で豊かな旋律を奏でる。

第3楽章 アレグロ ホ長調、8分の3拍子。

 冒頭楽章と同様の形式をとる。中間部では半音階的に上行する旋律が導入されている。

チェンバロ協奏曲第3番 ニ長調 BWV1054[編集]

チェンバロ協奏曲第3番 ニ長調の原曲は、今日でも演奏される有名なヴァイオリン協奏曲第2番 ホ長調 BWV1042の編曲。チェンバロ協奏曲第3番よりヴァイオリン協奏曲第2番のほうが演奏されることが多いため、普段は原曲の陰に隠れた存在で、演奏されることは滅多にない。

チェンバロの奏法が存分に取り入れられ、独自の魅力を持っている。1738年から1742年頃にかけて作曲されたと考えられている。

構成は3楽章からなり、演奏時間は約17分。

第1楽章 (アレグロ)ニ長調、2分の2拍子。

 原曲のテンポの表記は「アレグロ」である。チェンバロ協奏曲第2番の両端楽章と同じ形式による。

第2楽章 アダージョ・エ・ピアノ・センプレ ロ短調、4分の3拍子。

 バッソ・オスティナート風の低音旋律に導かれて、チェンバロが甘美なカンティレーナを奏でる。

第3楽章 アレグロ ニ長調、8分の3拍子。

 軽やかな主題によるロンド形式

チェンバロ協奏曲第4番 イ長調 BWV1055[編集]

チェンバロ協奏曲第4番 イ長調 BWV1055


Matthew Ganong(チェンバロ)、アドベント室内楽団による演奏

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チェンバロ協奏曲第4番 イ長調の原曲は、消失したオーボエ・ダモーレ協奏曲 イ長調か、ヴァイオリン協奏曲 ハ長調の編曲であったとされているが、近年では前者が原曲であったとする説が有力となっている。

近代的で爽やかさをもった作品である。1738年から1742年頃にかけて作曲されたと考えられている。

構成は3楽章からなり、演奏時間は約13分。

第1楽章 アレグロ イ長調、2分の2拍子。

 リトルネッロ形式による楽章で、きびきびとした分散和音のトゥッティの主題をもつ。ソロの主題は概して歌唱的である。

第2楽章 ラルゲット 嬰ヘ短調、8分の12拍子。

 自由なパッサカリアによる瞑想的な楽章で、ラメント・バス(嘆きの低音)と呼ばれる低音弦の半音下行進行がこの楽章の気分を規定する。

第3楽章 アレグロ・マ・ノン・タント イ長調、8分の3拍子。

 リトルネッロ形式によるフィナーレで、躍動感が溢れる舞曲風のトゥッティの主題に基づく。


チェンバロ協奏曲第5番 ヘ短調 BWV1056[編集]

チェンバロ協奏曲第5番 ヘ短調の原曲は、消失したヴァイオリン協奏曲 ト短調の編曲であるとされているが、この原曲がバッハ自身の作品か、他の作曲家の作品であるかどうか不明である。第2楽章はカンタータ第156番『わが片足すでに墓穴に入りぬ』のシンフォニアと同一の音楽で、「バッハのアリオーソ」として親しまれており、映画恋するガリア」の中でも使われた。

バッハとしては、初期のシンプルで古風な様式を示しているが、素材の有機的な展開といった点では、かなり巧みな書法が駆使されている。1738年から1742年頃にかけて作曲されたと考えられている。

構成は3楽章からなり、演奏時間は約9分ないし10分。

第1楽章 (アレグロ・モデラート)ヘ短調、4分の2拍子。

 リトルネッロ形式による楽章で、同一音形を装飾反復する、ややいかめしい表情をもったトゥッティ主題による。

第2楽章 ラルゴ 変イ長調、4分の4拍子。

 弦のピッツィカート伴奏を背景に繰り広げられる甘美な楽章。

第3楽章 プレスト ヘ短調、8分の3拍子。

 リトルネッロ形式による舞曲風の活発なフィナーレ。エネルギッシュでリズミックな性格を特色としている。

チェンバロ協奏曲第6番 ヘ長調 BWV1057[編集]

チェンバロ協奏曲第6番 ヘ長調の原曲は、ブランデンブルク協奏曲第4番の編曲。原曲の2本のリコーダーのパートは、ほぼそのまま移調して用いられ、ヴァイオリンのパートは、チェンバロでの演奏効果を考慮したうえで改変が施されている。1738年から1742年頃にかけて作曲されたと考えられている。

構成は3楽章からなり、演奏時間は約16分。

第1楽章 (アレグロ)ヘ長調、8分の3拍子。

 軽快なビートに乗せて繰り広げられる牧歌的で、かつ華麗な音楽である。

第2楽章 アンダンテ ニ短調、4分の3拍子。

 厚い響きの悲歌。原曲のリコーダーの独奏部分は、ここではチェンバロに担われる。

第3楽章 アレグロ・アッサイ ヘ長調、2分の2拍子。

 スピード感と変化に富むフーガ風のフィナーレ。

チェンバロ協奏曲第7番 ト短調 BWV1058[編集]

チェンバロ協奏曲第7番ト短調の原曲は、ヴァイオリン協奏曲第2番と共に有名なヴァイオリン協奏曲第1番 イ短調 BWV1041の編曲である。1727年から1742年頃に作曲されたと考えられている。

構成は3楽章からなり、演奏時間は約13分。

第1楽章 (アレグロ)ト短調、4分の2拍子。

 引き締まった面もちのリトルネッロ形式。

第2楽章 アンダンテ 変ロ長調、4分の4拍子

 冒頭のバッソ・オスティナート音型が繰り返される中、3連音符を主体とした装飾旋律が歌い込まれる。

第3楽章 アレグロ・アッサイ ト短調、8分の9拍子。

 軽快な音の流れの中に、堅実なフーガの技法を盛り込んだフィナーレ。


チェンバロ協奏曲第8番 ニ短調 BWV1059[編集]

チェンバロ協奏曲第8番は、1726年以降に作曲されたと考えられており、原曲は消失したオーボエ協奏曲の編曲である。現在は断片のみが残されているが、カンタータ第35番『霊と魂は驚き惑う』から復元が可能である。なお演奏する際は、第1楽章は第1部のシンフォニア、第3楽章は第2部のシンフォニアから転用して演奏するのが一般的で、独奏チェンバロと弦合奏の他に、オーボエが加わる。トン・コープマンによる校訂版が存在する(ただしチェンバロではなくオルガンによる演奏である。レーベルはエラート)。

2台のチェンバロのための協奏曲[編集]


第1番 ハ短調 BWV1060[編集]

2台のチェンバロのための協奏曲第1番ハ短調は、散逸したオーボエとヴァイオリンのための協奏曲が原曲だと思われるが、その曲がバッハの作かどうかは分かっていない。

作曲地:ライプツィヒ、作曲年代:1736年、演奏時間:約15分。

第1楽章 (アレグロ) ハ短調
第2楽章 アダージョまたはラルゴ 変ホ長調
第3楽章 アレグロ・アッサイ ハ短調


第2番 ハ長調 BWV1061[編集]

2台のチェンバロのための協奏曲第2番ハ長調は、初めからチェンバロ協奏曲として作曲されたものと思われる。この曲では弦合奏が控えめで、殊に第2楽章においては、弦を一切欠いている。

作曲地:ライプツィヒ、作曲年代:1736年、演奏時間:約19分。

第1楽章 (アレグロ) ハ長調
第2楽章 アダージョまたはラルゴ イ短調
第3楽章 フーガ(アレグロ) ハ長調


第3番 ハ短調 BWV1062[編集]

2台のチェンバロのための協奏曲第3番ハ短調は、自作の「2台のヴァイオリンのための協奏曲ニ短調 BWV1043」が原曲になっている。

第1楽章 (アレグロ)ハ短調
第2楽章 アンダンテ 変ホ長調
第3楽章 アレグロ・アッサイ ハ短調


3台のチェンバロのための協奏曲[編集]


第1番 ニ短調 BWV1063[編集]

作曲地:ライプツィヒ、作曲年代:1733年、演奏時間:約14分。

第1楽章 (アレグロ)ニ短調、8分の3拍子

 速度記号は「急」とだけ指定されているのみである。

第2楽章 アダージョ 8分の6拍子。

 ニ短調の半終止で2小節しかなく、実際には「ブランデンブルク協奏曲第三番」の様にその和音を元にして自由に即興しカデンツァとして次の曲に繋げる。

第3楽章 アレグロ ニ短調、4分の2拍子

 シンコペーションの際立った主題によるフーガである。

第2番 ハ長調 BWV1064[編集]

原曲は3つのヴァイオリンの為の協奏曲(ニ長調)。ただし、作曲者がバッハかは不明とされている。

作曲地:ライプツィヒ、作曲年代:1733年、演奏時間:約17分。

第1楽章 アレグロ ハ長調、4分の4拍子。
第2楽章 アダージョ イ短調、4分の4拍子。
第3楽章 アレグロ ハ長調、2分の2拍子。



4台のチェンバロのための協奏曲イ短調 BWV1065[編集]

イ短調 BWV1065。バッハのチェンバロ協奏曲では唯一のチェンバロ4台用の曲で、原曲はヴィヴァルディ「4つのヴァイオリンとチェロ、弦楽合奏と通奏低音のための協奏曲」(ヴァイオリン協奏曲集『調和の霊感』作品3の第10番)である。

作曲地:ライプツィヒ、作曲年代:1731年、演奏時間:約10分。

第1楽章 (アレグロ)イ短調、4分の4拍子

 速度記号は指定されていないが、「急」の指定がある。同音反復型のきびきびとした主題による。リトルネッロ形式をとる。

第2楽章 ラルゴ ニ短調、4分の3拍子

 3部分からなり、中間部ではアルベッジョが終始奏される。

第3楽章 アレグロ イ短調、8分の6拍子

 拍節感をもつトゥッティ主題の合間を縫いながら、ソロが縦横無尽に駆け巡る。

参考資料[編集]