チェダブクトの戦い

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チェダブクトの戦い
ウィリアム王戦争
Phips portrait.jpg
マサチューセッツ湾直轄植民地総督、サー・ウィリアム・フィップス
1690年6月3日
場所 チェダブクト(現在のノバスコシア州ガイスボロ
北緯45度23分11.8秒
西経61度30分20.1秒
座標: 北緯45度23分11.8秒 西経61度30分20.1秒
結果 マサチューセッツ湾植民地の勝利
衝突した勢力
マサチューセッツ湾植民地 フランスアカディア
指揮官
ウィリアム・フィップス
シプリアン・サウザック
ドーファン・ド・モントルゲイユ
戦力
兵士88 兵士12
被害者数
不明 不明
チェダブクトの位置
チェダブクト
ノバスコシア州

チェダブクトの戦い(チェダブクトのたたかい、英 Battle of Chedabucto)は、チェダブクト(現在のノバスコシア州ガイスボロ)で、ウィリアム王戦争中の1690年6月3日に起きた戦闘である[1]

この戦闘は、サー・ウィリアム・フィップスによる、ニューイングランドの、アカディアへの軍事作戦の一環であった。ニューイングランド軍の規模は圧倒的で、首都のポートロワイヤル、そしてチェダブクトを制圧し、他の集落にも攻撃を仕掛けた。この戦闘の余波は、それ以前のアカディア侵攻の時のものとは異なっていた。激しい攻撃により、多くのアカディア人がニューイングランド人に敵意を持つようになり、信頼関係を損ね、イングランド系住民との友好関係が困難になってしまった[2]

戦闘に至るまで[編集]

1713年当時の地図。Aがノバスコシア、Bがマサチューセッツ湾植民地ボストン、Cがカスコ湾である。

1682年クレルボー・ベルジエは、他の商人たちを連れて、フランスラ・ロシェルを発ち1682年アカディア・カンパニー(コンパニ・ド・ラ・ペシュ・セダンテール)を創設し[3]、漁業保護のためにサンルイ砦を造った[4]。主な港はチェダブクト湾に集中しており、1686年には50人もの漁師がいた。サンルイ砦の指揮官はドーファン・ド・モントルゲイユだった[5]

ニューイングランドのアカディア攻撃の裏には、様々な意図があった。ある者は、攻撃後のミクマク族やアカディア人との利益をめぐって、その土台を築いておこうとしており、またある者は、この戦いの前に行われたポートロワイヤルの戦いの際、イングランド軍が悪だくみをしたと主張するアカディア人を、こらしめるつもりだった[6]

ポートロワイヤルが攻略されたのち、部隊長のシプリアン・サウザックケープ・サーブル(ポール・ラ・トゥール)に赴いた、そこは彼が、インディアンと同盟したフランス軍と戦った場所であった。また、サンルイ砦を征服した場であるチェダブクト、フランスの交易所を襲ったニューファンドランドにも足を運んだ[7]

戦闘[編集]

アカディアの首都を壊滅させた、ポートロワイヤルの戦いの一環として、フィップスはチェダブクトにサウザックと80人の兵を派遣した、サンルイ砦の取り壊しと、フランスの漁場を包囲するためであった。サンルイ砦の兵たちは、前回のポートロワイヤルの戦いとは違って、かなりの抵抗を見せ、なかなか降伏しなかった[8]。兵たちは6時間もの間砦を守りぬいたが、ついには何発もの砲弾をくらって砦は焼け落ちた。サウザックはまた、総額5万クラウン(1万シリング)にもなる魚を処分した[9]。名誉ある降伏をした駐屯兵は、ニューファンドランドのプラセンティア(プレザンス)に送られた[10]

その後のアカディア[編集]

ポートロワイヤルの史跡

降伏により、総督と兵士たちは船でケベックに追われた。降伏前に約束されていた

  • 住民は、平穏に暮らし、財産を奪われることもなく、女性は性的ないたずらをされるべきではない
  • 住民は、宗教に関しても妨害されてはならず、教会も、乱暴狼藉を受けるべきではない

これらの約束事にもかかわらず、ニューイングランド軍は、降伏の後、12日間に及ぶ略奪行為を行った。彼らは砦から大砲を外して、他の砦らしきものにかまわず狙いを付けた(このため矢来が真っ二つになった)。この略奪がすべて終わった後、フィップスは農民に、国王ウィリアム3世女王メアリー2世に忠誠を誓わせようとしたが、農民たちは難色を示した。そこでフィップスは、教会や、行政や軍事の権力者を、ボストンに連れ帰ることで、彼らの権限を取り除いてしまおうとした。権力者とは、2人の聖職者プチとトルーヴェ、総督のメネヴァル、そして58人の兵である。ポートロワイヤルを発つ前に、フィップスは、臨時政府を作って、アカディアの指導者による議会を作ろうともした[11]

翌年、アカディアの新総督であるエドワード・ティングは、ポートロワイヤルに向かっていたところを、フランスのフリゲート「ソレイユ・ダフリカ」に拿捕された。この船には、フランス人の新総督であるロビノー・ド・ヴィユボンが乗っていた。ティングと共にいたジョン・アルデンは、捕虜交換の知らせを持ってボストンに送り返され、ヴィユボンは、前年に捕囚されていた60人ばかりの兵を解放した[12]

カンパニー・オブ・アカディアは、様々な難題を抱え、1702年に解散した[13]。また、サンルイ砦は1718年のカンゾ襲撃(スクウィラル・アフェア)で崩壊した[14]

脚注[編集]

  1. ^ Haynes, p. 21
  2. ^ Geoffrey Plank. An Unsettled Conquest: The British Campaign Against the Peoples of Acadia. University of Pennsylvania Press. 2001. p. 32
  3. ^ BERGIER, CLERBAUD - Dictionary of Canadian Biography Online
  4. ^ Brenda Dunn, p. 29
  5. ^ http://www.biographi.ca/009004-119.01-e.php?&id_nbr=194&&PHPSESSID=ychzfqkvzape
  6. ^ Geoffrey Plank. An Unsettled Conquest: The British Campaign Against the Peoples of Acadia. University of Pennsylvania Press. 2001. p. 11
  7. ^ http://www.biographi.ca/009004-119.01-e.php?&id_nbr=1661; SOUTHACK, CYPRIAN - Dictionary of Canadian Biography Online]]
  8. ^ Brenda Dunn, p. 39
  9. ^ Emiley Griffith, p. 153
  10. ^ A history of Nova-Scotia, or Acadie, Volume 1 By Beamish Murdoch, p. 195; also see an account of the battle in Joseph Robineau de Villebon, Journal of Vill ebon, 3 October 1692, in Acadia at the End of the Seventeenth Century: Letters, Journals and Memoirs of Joseph Robineau de Villebon, by John Clarence Webster (St. John, N.B.: The New Brunswick Museum, 1934) Villebon's Journal,
  11. ^ History of Nova Scotia; Acadia, Bk.1, Port Royal and The English Takeover: 1690-1712; Part 2; C
  12. ^ ALDEN,JOHN - Dictinary of Canadian Biography Online
  13. ^ Daigle, Jean. 1650-1686: 'Un pays qui ne'est pas fait'. in Buckner, P. and Reid J. (eds). The Atlantic Region to Confederation: A History. Toronto University Press. 1994. p. 74.
  14. ^ Haynes, p. 25

参考文献[編集]

  • John Mack Faragher, A Great and Noble Scheme: The Tragic Story of the Expulsion of the French Acadians from their American Homeland (New York: W. W. Norton & Company, 2005).
  • Brenda Dunn, A History of Port-Royal/Annapolis Royal 1605-1800, Halifax: Nimbus, 2004.
  • Griffiths, E. From Migrant to Acadian. McGill-Queen's University Press. 2005.
  • Haynes, Mark. The Forgotten Battle: A History of the Acadians of Canso/ Chedabuctou. British Columbia: Trafford. 2004
  • John Reid, Maurice Basque, Elizabeth Mancke, Barry Moody, Geoffrey Plank, and William Wicken. 2004. The 'Conquest' of Acadia, 1710: Imperial, Colonial, an Aboriginal Constructions. University of Toronto Press.
  • Geoffrey Plank, An Unsettled Conquest. University of Pennsylvania. 2001
  • A Journal of The Proceedings In The Late Expedition To Port-Royal, On Board Their Majesties Ship, The Six Friends, The Honourable Sr. William Phipps Knight, Commander In Chief &c. A True Copy, Attested By Joshua Natstock Clerk.

関連項目[編集]