ダマン・ディーウ連邦直轄領
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ダマン・ディーウ連邦直轄領(Daman and Diu, દમણ અને દીવ, दमन और दीव)は、インドの連邦政府直轄領の一つ。アラビア海に面したダマンとディーウからなる。
歴史[編集]
ダマンがいつ成立したのかはっきりしないが、少なくとも2000年間都市として機能している。
グジャラート・スルタン国領[編集]
ダマンとディーウ両都市とも16世紀中頃まではムザッファル朝グジャラート・スルタン国[要リンク修正]の領地であった。
ポルトガル領[編集]
詳細は「ポルトガル・マムルーク海戦」および「ディーウ沖海戦」を参照
ディーウは1535年にポルトガル領となる。ディーウ自体は長さ10km程度の島であり、ポルトガルの要塞として使われた。なお、その対岸にある2つの村もポルトガル領ディーウの一部とされていた。1558年にポルトガル領となったのちは木材などの積出港、貿易拠点として栄える。ポルトガルはインドを最初に植民地化した西洋国だが、インド内陸部を支配する能力、動機とも備えておらず、交易の拠点となる商館を維持する政策を取った。最盛期にはインド西岸、南岸を中心に13都市を支配している。なお、18世紀後半からは内陸部のダードラー及びナガル・ハヴェーリーもポルトガル領ダマンの一部とされた(ただし、面積・人口ともダマン自体より大きい)。
その後20世紀中頃まではゴアと共にポルトガル領インドを構成していた。 第二次世界大戦終結後、インドの独立を経て、1961年までポルトガル領として留まった。
インド連邦直轄地[編集]
1961年にインド軍の侵攻を受けた際(インドのゴア軍事侵攻)、対岸にある2つの村もインドに復帰している。
外部リンク[編集]
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