ダビド・ナバーロ

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この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はナバーロ第二姓(母方の)はペドロスです。
ダビド・ナバーロ Football pictogram.svg
David Navarro 4 Llevant.jpg
名前
本名 ダビド・ナバーロ・ペドロス
David Navarro Pedrós
ラテン文字 David Navarro
基本情報
国籍 スペインの旗 スペイン
生年月日 (1980-05-25) 1980年5月25日(38歳)
出身地 サグント
身長 183cm
体重 76kg
選手情報
在籍チーム スペインの旗 ADアルコルコン
ポジション DF
背番号 3
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2000-2001 スペインの旗 バレンシアB 56 (3)
2001-2011 スペインの旗 バレンシア 97 (7)
2007-2009 スペインの旗 マヨルカ (loan) 48 (1)
2011-2012 スイスの旗 ザマックス 16 (0)
2012-2016 スペインの旗 レバンテ 102 (2)
2016- スペインの旗 アルコルコン 30 (3)
1. 国内リーグ戦に限る。2017年6月11日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ダビド・ナバーロ・ペドロスDavid Navarro Pedrós1980年5月25日 - )はスペインバレンシア出身のサッカー選手ポジションDF(センターバック)。

経歴[編集]

バレンシア県の中部のカンプ・デ・モルベドレにあるサグントに生まれ、地元のバレンシアCFの下部組織で育った。2001年にトップチームデビューしてからは、2001-02シーズンと2003-04シーズンにリーグ優勝を果たし、それに加えて、2004年2月26日のUEFAチャンピオンズリーグベシクタシュJK戦 (3-2) では90分に決勝点を決めた。

2007年3月6日、UEFAチャンピオンズリーグ・決勝トーナメント1回戦のインテル戦はベンチから90分間の試合を眺めたが、試合終了後に両チームの選手が乱闘状態になると、グラウンドに飛び出してDFニコラス・ブルディッソの鼻を殴り骨折させた[1][2][3]。この事についてチームメイトのエミリアーノ・モレッティは「彼の行動はわけがわからない」と言い、サンティアゴ・カニサレスは「恥だ」と語るなど、ナバーロは非難を浴びた。欧州サッカー連盟 (UEFA) はナバーロやカルロス・マルチェナ(バレンシアCF)、ブルディッソ、イバン・コルドバマイコン(以上3人はインテル)の行いを「甚だしい反スポーツ行為」として制裁を科し、ナバーロは後に「とても申し訳なく思っている。自分が恥ずかしい」と謝罪し、さらにブルディッソには直接会って謝罪している[4]。騒動の様子をビデオで確認して審議した後、3月14日に欧州サッカー連盟はナバーロに対して、欧州サッカーからの7ヶ月の出場停止処分(後に6カ月に短縮されている)を科した。

2007年夏、RCDマヨルカにレンタル移籍した。出場停止処分の影響で2007-08シーズン開幕後しばらくは試合に出場できなかったが、最終的には控え選手としてリーグ戦18試合に出場した。2008-09シーズンもレンタル移籍を継続し、引き続きマジョルカでプレーして30試合に出場した。

2009年夏にバレンシアCFに復帰した。2011年2月27日のアスレティック・ビルバオ戦でのラフプレーは論争を引き起こした[5]。彼はフェルナンド・ジョレンテに肘打ちしたが、逆に痛がる素振りなどを見せて警告を免れ、逆にジョレンテにイエローカードが出された。そのすぐ後にはハビ・マルティネスに肘打ちし、またもや警告を免れた。

所属クラブ[編集]

2007-2009 →スペインの旗 RCDマヨルカ (loan)

脚注[編集]

外部リンク[編集]