ダビド・オスピナ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
Flag of Spain.svg この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はオスピナ第二姓(母方の)はラミレスです。
ダビド・オスピナ Football pictogram.svg
David Ospina, 2015-05-31.JPG
アーセナルでFA杯優勝時のダビド・オスピナ (2015年)
名前
本名 ダビド・オスピナ・ラミレス
David Ospina Ramírez
カタカナ ダビド・オスピナ
ラテン文字 David OSPINA
基本情報
国籍 コロンビアの旗 コロンビア
生年月日 1988年8月31日(28歳)
出身地 アンティオキア県の旗 アンティオキア県メデジン
身長 183cm
体重 79kg
選手情報
在籍チーム イングランドの旗 アーセナルFC
ポジション GK
背番号 13
利き足 右足
ユース
コロンビアの旗 アトレティコ・ナシオナル
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2005-2008 コロンビアの旗 アトレティコ・ナシオナル 97 (0)
2008-2014 フランスの旗 ニース 189 (0)
2014- イングランドの旗 アーセナル 22 (0)
代表歴2
2006-2007 コロンビアの旗 コロンビア U-20 12 (0)
2007- コロンビアの旗 コロンビア 71 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2016年4月9日現在。
2. 2016年9月6日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ダビド・オスピナDavid Ospina1988年8月31日 - )は、コロンビアアンティオキア県メデジン出身のサッカー選手。イングランド・プレミアリーグアーセナルFCに所属し、コロンビア代表にも選出されている。ポジションはゴールキーパー。妹はハメス・ロドリゲスの妻である。

経歴[編集]

クラブ[編集]

母国コロンビアのアトレティコ・ナシオナルでキャリアをスタートし、3年間プレーした後、オリンピック・リヨンに移籍したウーゴ・ロリスの後釜として2008年夏にOGCニースに移籍。当初はリオネル・レティジの控えであったが、すぐに定位置を奪取。ロリスの穴を感じさせないプレーを披露した。2014年3月7日に行われたマルセイユ戦から怪我のためか右足が使えず、長い間全てのキックを左足で行っていた。

2014年ワールドカップでの活躍から評価を高め、アーセナルへのステップアップを果たした[1][2]

代表[編集]

2005 FIFAワールドユース選手権にメンバー入りし同年にフル代表デビューを果たした。コパ・アメリカ2011では代表合宿初日に負傷してしまいメンバーを外れた。

2014 FIFAワールドカップ・南米予選では当初から正ゴールキーパーとして出場し、特に2013年6月に行われたアルゼンチン代表との一戦では素晴らしい活躍を見せた。オスピナはこの試合のマン・オブ・ザ・マッチに選ばれ[3]、試合終了後には自軍の監督であるホセ・ペケルマンのみならず、対戦相手のアレハンドロ・サベージャ監督からも称えられた[4][5]。予選終了時には予選出場各国のゴールキーパーのうち最少失点を記録した。

所属クラブ[編集]

ユース経歴
プロ経歴

タイトル[編集]

コロンビアの旗 アトレティコ・ナシオナル
イングランドの旗 アーセナルFC

脚注[編集]

  1. ^ “ダビド・オスピナ”. Qoly Football web magazine × サッカー選手名鑑サイト コリサカ (仮). http://qoly.jp/player/profile/6933-880831 
  2. ^ アーセナル、オスピナ獲得を発表
  3. ^ David Ospina, el jugador del partido en el Monumental” (es). カラコル・ラジオ (2013年6月7日). 2014年7月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年7月7日閲覧。
  4. ^ Pekerman destaca a Ospina” (es). FIFA.com (2013年6月8日). 2014年7月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年7月7日閲覧。
  5. ^ Sabella: "Merecimos la victoria"” (es). FIFA.com (2013年6月8日). 2014年7月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年7月7日閲覧。

外部リンク[編集]