ダニー・アイエロ

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ダニー・アイエロ
Danny Aiello
ダニー・アイエロDanny Aiello
2011年12月
本名 Daniel Louis Aiello Jr.
生年月日 (1933-06-20) 1933年6月20日(83歳)
出生地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ニューヨークマンハッタン
職業 俳優
配偶者 Sandy Cohen (1955 - )
公式サイト Danny Aiello
主な作品
映画
ゴッドファーザー PART II
ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ
レオン
ドゥ・ザ・ライト・シング
月の輝く夜に
ハドソン・ホーク

ダニエル・ルイス・“ダニー”・アイエロ・ジュニアDaniel Louis "Danny" Aiello, Jr., 1933年6月20日 - )は、アメリカ合衆国俳優

1970年代から数多くの作品に出演し、『ゴッドファーザー PART II』のトニー・ロサト役、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』のヴィンセント役、『レオン』のトニー役、マリオ・プーゾのミニ・シリーズ『ザ・ラスト・ドン』のドン・ドメニコ役など、自身の出自(イタリア系)を活かしたマフィアギャング映画の脇役としての仕事も多い。

1989年スパイク・リー監督映画『ドゥ・ザ・ライト・シング』のサル役[1]アカデミー賞助演男優賞にノミネートされた。

来歴[編集]

生い立ち[編集]

ニューヨーク市マンハッタンイタリア移民の両親の下に生まれる[2]。父ダニエル・シニアは肉体労働、ナポリ出身の母フランセスは針子として働いていた。ダニエル・ジュニアの下にも兄弟がおり、家族は両親と6人兄弟の大家族であった。しかしダニエル・ジュニアがまだ幼少の頃、病気で妻が失明したにもかかわらず、父は家族を捨てた[3][4]。幼いダニエル・ジュニアは生活のため、新聞配達グランドセントラル駅での靴磨きなどの仕事をこなした[5]

7歳の時にサウスブロンクスに転居し、ジェイムズ・モンロー・ハイスクールに入学する[6]。16歳の時、年齢を偽って陸軍に入隊。3年で除隊された後はニューヨークへ戻り、グレイハウンド・バス社労働組合の代表を約10年務めた[5]

30代半ばの頃にはナイトクラブの用心棒として働いていたが、ある夜、レギュラーの司会者が店に現れなかったため、急遽代役で司会や歌を披露した。それを見ていた仲間が演技で勝負をしていくよう強く勧めたことが、業界入りのきっかけである[5]

キャリア[編集]

1970年代初頭から映画の世界で活動を開始する。ロバート・デ・ニーロ主演の野球映画『バング・ザ・ドラム英語版』(1973年)の端役でデビュー。以降、下品で粗野なキャラクターから、ユーモラスな役、親切な小市民まで幅広い役柄を演じる脇役として活躍する。

1974年の『ゴッドファーザー PART II』ではトニー・ロサトを演じた。マイケル・コルレオーネに謀反を起こしたフランク・ペンタンジェリ(演者はマイケル・V・ガッツォ)を背後から襲撃して殺害しようとするシーンで、ロサトが言った有名な台詞「Michael Corleone says hello!」はアイエロのアドリブである。

1980年ジャン・マイケル・ヴィンセント主演『Defiance』では暴漢に抵抗するマンハッタンの住民の一人を演じ、1981年ポール・ニューマン主演『アパッチ砦・ブロンクス』では人種差別主義の巡査を演じて高い評価を受けた。1984年、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』で再びデ・ニーロと共演。自身と同じ姓の警察署長ヴィンセント・アイエロを演じた。『ブロードウェイ・ダニーローズ』(1984年)、『カイロの紫のバラ』(1985年)、『ラジオ・デイズ』(1987年)といったウディ・アレン作品にも出演している。

1987年のロマンチック・コメディ『月の輝く夜に』では、シェール演ずるロレッタの婚約者ジョニーを演じ、シェールのアカデミー賞受賞をサポートした。ロバート・アルトマン監督のファッション映画『プレタポルテ』では女装にもトライした。1992年にはジョン・F・ケネディ大統領暗殺事件の犯人リー・ハーヴェイ・オズワルドを殺害したジャック・ルビーの伝記映画『ルビー』で主人公のルビー役を演じ、1994年の『レオン』ではジャン・レノ演じるレオンに仕事(殺し)の依頼を伝えるカフェの主人を演じた。

映画以外でも活躍しており、1981年にはABCの『ABC Afterschool Special』のエピソード『A Family of Strangers』でデイタイム・エミー賞を受賞したほか、マドンナの『パパ・ドント・プリーチ』のPVにも出演している。

歌も達者で、『ハドソン・ホーク』(1991年)、『ワンス・アラウンド』(1991年)などで披露しているほか、数枚のアルバムもリリースしている。

私生活[編集]

息子のダニー・アイエロ3世スタントマンリック・アイエロは俳優となった。

主な出演作品[編集]

公開年 邦題
原題
役名 備考
1973 バング・ザ・ドラム
Bang the Drum Slowly
ホース
1974 ゴッドファーザー PART II
The Godfather: Part II
トニー
1976 ウディ・アレンのザ・フロント
The Front
ダニー
1978 マッド・フィンガーズ
Fingers
ブッチ
愛の断層
Bloodbrothers
アーティ
1979 摩天楼ブルース
Defiance
カーマイン
1981 アパッチ砦・ブロンクス
Fort Apache the Bronx
モーガン
1982 ダーティ・トラップ
A Question of Honor
Martelli テレビ映画
1984 デスマスク
Death Mask
マイク・グラッソ
オールド・イナフ/としごろ
Old Enough
Mr. Bruckner
ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ
Once Upon a Time in America
ヴィンセント・アイエロ
1985 カイロの紫のバラ
The Purple Rose of Cairo
モンク
女刑事レディブルー
Lady Blue
テリー・マクニコルズ テレビ映画
ザ・スタッフ
The Stuff
ヴィッカーズ
プロテクター
The Protector
ダニー
恋人たちの合鍵
Key Exchange
Carabello
1987 ラジオ・デイズ
Radio Days
ロッコ
ピックアップ・アーチスト
The Pick-up Artist
フィル・ハーパー
月の輝く夜に
Moonstruck
ジョニー
1988 特捜女警部(デカ) -L.A.犯罪捜査線-
Alone in the Neon Jungle
チーフ テレビ映画
ルシカム/KGB・赤い狙撃者
Russicum - I giorni del diavolo
ジョージ・シャーマン
1989 N.Y.ドラッグ・コネクション
White Hot
チャーリー
乙女座殺人事件
The January Man
ヴィンセント・アルコア
ドゥ・ザ・ライト・シング
Do the Right Thing
サル
N.Y.捜査線 ナイトハンター/女子学生殺人事件
The Preppie Murder
マイク・シーハン テレビ映画
ハーレム・ナイト
Harlem Nights
フィル・カントン
1990 アフガン/ネクサス奪還作戦
Shocktroop
ジョン・カニンガム
ジェイコブス・ラダー
Jacob's Ladder
ルイス
1991 ワンス・アラウンド
Once Around
ジョー・ベラ
ハドソン・ホーク
Hudson Hawk
トミー・ファイブ=トーン
奇跡が降る街
29th Street
Frank Pesce, Sr.
1992 ジャック・ルビー
Ruby
ジャック・ルビー
ミストレス
Mistress
カーマイン・ラッソ
1993 セメタリークラブ
The Cemetery Club
ベン
フライング・ピクルス
The Pickle
ハリー・ストーン
1994 レオン
Léon
トニー
プレタポルテ
Prêt-à-Porter
ハミルトン
1995 あなたに逢いたくて
Too Much
ジーン
1996 訣別の街
City Hall
フランク・アンセルモ
リアル・ブラッド
Mojave Moon
アル
2 days トゥー・デイズ
2 Days in the Valley
ダズモ・ピッツォ
1997 ラストドン
The Last Don
Don Domenico Clericuzio
2000 ディナーラッシュ
Dinner Rush
ルイス
2006 ラッキーナンバー7
Lucky Number Slevin
ロス
2014 ゲットバッカーズ
Reach Me
ポール

脚注[編集]

  1. ^ これもイタリア系のピッツェリアの主人という設定であった。
  2. ^ AIELLO, Danny International Who's Who. accessed September 1, 2006.
  3. ^ Danny Aiello Biography (1933?-)
  4. ^ アイエロは1993年に父と和解したが、今日でもなお、この時の父の行いには怒りを抱いている。
  5. ^ a b c NNDB Danny Aiello
  6. ^ Danny Aiello Biography - Yahoo! Movies

外部リンク[編集]