ダン・カーター
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| 基本情報 | ||||||
| 生年月日 | 1982年3月5日(36歳) | |||||
| 出身地 | Leeston, Canterbury, New Zealand | |||||
| 身長 | 178 cm (5 ft 10 in) | |||||
| 体重 | 96 kg (15 st 2 lb) | |||||
| 学校 |
Ellesmere College Christchurch Boys' High | |||||
| 配偶者 | Honor Carter | |||||
| 愛称 |
DC Dezzy[1] | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | Fly-half / Inside Centre | |||||
| クラブ | ||||||
| 年 | チーム | 出場 | 得点 | |||
| 2008–09 2015–18 2018– |
ペルピニャン ラシン92 神戸製鋼 | 5 | (45) | |||
| 州代表 | ||||||
| 年 | チーム | 出場 | 得点 | |||
| 2002–2015 | カンタベリー | 28 | (300) | |||
| 更新日 | 19 October 2014 | |||||
| スーパーラグビー | ||||||
| 年 | チーム | 出場 | 得点 | |||
| 2003–2015 | クルセイダーズ | 141 | (1,708) | |||
| 更新日 | 14 June 2015 | |||||
| 国代表 | ||||||
| 年 | チーム | 出場 | 得点 | |||
| 2003–2015 | ニュージーランド | 112 | (1,598) | |||
| 更新日 | 31 October 2015 | |||||
| ■テンプレート | ||||||
ダニエル・ウィリアム・カーター(Daniel William Carter 、1982年3月5日 - )は、ニュージーランドのラグビー選手。通常ダン・カーター(Dan Carter)と自称また表記される。ポジションはフライハーフ(スタンドオフ)。
ワールドラグビー年間最優秀選手賞3回。テストマッチ個人通算ポイント数歴代最多記録保持者。
来歴[編集]
クライストチャーチ郊外サウス・ブリッジ生まれ。クライストチャーチ・ボーイズ・ハイスクール卒業。NPCカンタベリー、スーパー14クルセイダーズ、ラグビーニュージーランド代表(オールブラックス)に選出された。
2003年にクルセイダーズにデビューし、同年6月21日の対ウェールズ戦で初キャップを獲得した。当時のオールブラックスではカーロス・スペンサーが不動の正スタンドオフ(背番号10番)であり、カーターはインサイドセンター(12番)に回っていたが、スペンサーが怪我で参加しなかった2004年11月の欧州遠征で正スタンドオフに抜擢され、以降、不動のスタンドオフとなった。
ワールドラグビーの年間最優秀選手に3回選出されるなど、世界最高のスタンドオフと評される。
ゴールキックの精度も高く、2006年末までに35テストマッチに出場して540得点を記録している。特に、2005年7月2日の対ブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズ第2テストマッチでは33点を挙げ、従来のオールブラックスの対ライオンズ戦個人最多得点記録の18点を大幅に更新した。また2006年のスーパー14では、この年から年間試合数が2試合増えたことにも助けられ、221得点を挙げて大会記録を更新した。
2002年からホッケー女子ニュージーランド代表のホナー・ディロンと交際し2010年10月15日にディロンと婚約を発表。2013年に長男、2015年に次男が誕生。
2010年11月27日に開催されたラグビーウェールズ代表との試合でテストマッチ個人通算1188ポイントを記録し、ジョニー・ウィルキンソン(イングランド代表)を超え歴代1位となった。
2011年、自国開催のワールドカップでは大会中の練習で負傷し、試合に出場できなくなったがニュージーランド代表は優勝した。
2015年、イングランドで開催されたワールドカップに出場し正フライハーフとして活躍、チームの史上初の連覇に貢献した。大会終了後にニュージーランド代表から引退し、フランストップ14のラシン92とラグビー界史上最高額とされる年俸で契約した。
2016年7月8日、ダン・カーター自伝 -オールブラックス伝説の10番-(原題:DAN CARTER THE AUTOBIOGRAPHY OF AN ALL BLACKS LEGEND、出版:東洋館出版社)日本語版が発売される。
2018-2019シーズンは神戸製鋼コベルコスティーラーズに加入(契約期間は2年)[2]。同年9月14日に行われたジャパンラグビートップリーグ第3節のサントリーサンゴリアス戦に先発出場で日本での公式戦初出場を果たす[3]。
参考文献[編集]
- 『ラグビー 戦後70年史』(ベースボールマガジン社、2015年)の143ページ
脚注[編集]
- ^ Booker, Jarrod (2006年10月2日). “Dan Carter – single, or not?”. ニュージーランド・ヘラルド 2009年9月23日閲覧。
- ^ 神戸製鋼コベルコスティーラーズ
- ^ リーグ戦 第3節 レッドカンファレンス サントリー vs 神戸製鋼 . ジャパンラグビートップリーグ公式サイト. 2018年9月15日閲覧。
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
| 受賞 | ||
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| 先代: |
IRB年間最優秀選手賞 2005 2012 |
次代: |
| 先代: |
ワールドラグビー年間最優秀選手賞 2015 |
次代: |
| 先代: |
BBC・オーバーシーズ・スポーツ・パーソナリティ・オブ・ザ・イヤー 2015 |
次代: |
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