ダケントルルス

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ダケントルルス
生息年代: 154–150 Ma
Hul - Dacentrurus armatus.jpg
ホロタイプ標本
地質時代
ジュラ紀後期
分類
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 爬虫綱 Reptilia
亜綱 : 双弓亜綱 Diapsida
下綱 : 主竜形下綱 Archosauromorpha
上目 : 恐竜上目 Dinosauria
: 鳥盤目 Ornithischia
亜目 : 剣竜下目 Stegosauria
: ステゴサウルス科 Stegosauridae
: ダケントルルス属 Dacentrurus
学名
Dacentrurus
Lucas1902
シノニム
  • Omosaurus armatus Owen, 1875 (タイプ種, preoccupied)

ダケントルルスDacentrurus "尖りで満たされた尾")は元々はオモサウルスとして知られた、ヨーロッパのジュラ紀後期(1億5400万年前-1億5000万年前)に生息した大型の剣竜類である。タイプ種Omosaurus armatusイングランドで発見された化石に基づき1875年に命名された。オモサウルスの名が既に他のワニ類に使用されていたため、この属は1902年にダケントルルスに改名された。1875年以降、タイプ種の他に6つの種が命名されたが、おそらく正当な種はDacentrurus armatusのみである。化石の発見は限られており、外観の多くは不明である。プレートとスパイクで装甲された、重厚な造りの四足歩行の草食恐竜であった。

記載[編集]

Dacentrurus armatus復元図

ダケントルルスは大型の剣竜類で、いくつかの標本から体長は7-8 m[1][2] 、体重5 tほどと推定されている[3] 。多くの書籍ではダケントルルスは小型の剣竜類とされているが、実際には幅1.5 mほどの骨盤が発見されており最大級の剣竜類だったことを示す。剣竜類では内蔵の幅が特に大きく[3] 、そして尻が大きかったことが特に広い胴椎の椎体から示される[1] 。後肢はかなり短いが[3]、前腕が長いために前肢は比較的長く大きかった[1]

ダケントルルスはステゴサウルスと同じプロポーションだとみなされるが、プレートとスパイクの配置は違うことが知られており、おそらく首に2列の小さなプレートが並び、2列のより長いスパイクが尾に沿って並んでいただろう[4]Dacentrurus armatusのホロタイプ標本は小さく鈍角の非対称な首のプレートとを含み、thagomizerの一部分である尾のスパイクも含んでいる。尾のスパイクは前後に鋭く切り立った縁を持っている。

発見と種[編集]

1875年のオーウェンモノグラフでのDacentrurus armatusのホロタイプ

1875年5月23日、スウィンドン・ブリック・アンド・タイル・カンパニーのジェームズ・ショップランドは大英博物館リチャード・オーウェン教授にウィルトシャースウィンドンのオールドスェイドンにあるスウェイドン大採石場のクレイピットで、また、化石骨格が採取されたと報告した。オーウェンは標本を保管するためにウィリアム・デイヴィスを派遣したが、化石資料は8フィートの高さの粘土質ノジュールに包まれていると分かった。全体を搬出する際、化石を含むロームの塊はいくつかの小片に砕けた。資料は箱に入れた状態で最終的に総重量3tとなってロンドンへと送られた。化石はその後オーウェンのプレパレーターである石工カレブ・バーロウにより一部が剖出された[5]

オーウェンは1875年にタイプ種Omosaurus armatusを命名、記載した。属名はギリシャ語のὦμος、omos="上腕" から派生し、 堅牢な上腕骨にちなんでいる。種小名armatusラテン語で"装甲した"の意味で、オーウェンが上腕についていると仮定した大きなスパイクにちなんでいる[6]

ホロタイプBMNH 46013キンメリッジ・クレイ累層en)のキンメリッジ期後期の層から発見された。主要なノジュールの破片には以下のものが含まれていた、骨盤、一連の6個の後方の胴椎、全ての仙骨と8個の前方の尾椎、右の大腿骨といくつかのばらばらの椎骨。標本全体では13個の分離した椎骨が存在した。他のロームの塊にはほぼ完全な左後肢も含まれていた。追加の要素には踵骨のついた部分的な腓骨、部分的な脛骨、右の首のプレートと左の尾のスパイクが含まれていた。

O. hastigerのホロタイプのスパイク

他にいくつかの種がオモサウルス属として命名されている。ロンドン自然史博物館の収蔵品の一部である、標本BMNH 46321はウットンバセット(en)近くのグレート・ウェスタン鉄道の切通し近くでウィリアム・カニングトン(en)によりキンメリッジ・クレイ層から発見された1組のスパイクに基づいている。これらは1877年にオーウェンによりOmosaurus hastigerと命名された。種小名は"スパイクを持つもの"もしくは"槍を振るうもの"という意味で、オーウェンがこの動物の手首についていたと想定したスパイクにちなんでいる。[7] 1887年にジョン・ウィテカー・ハルク(en)はフレットン(en)近郊で発見した標本BMNH R1989に基づいてOmosaurus durobrivensis を命名した。種小名はローマ時代の都市名Durobrivaeにちなんでいる。[8]この種は1956年にレクソヴィサウルス属として分離された。1893年、ハリー・シーリーen)は大腿骨の標本YM 498に基づいてOmosaurus phillipsiiを命名した。種小名は地質学者のジョン・フィリップス(John Phillips)に献名されている[9]。シーリーは1869年に同じ種小名を持つことに起因した誤解から、自身が提唱したPriodontognathus phillipsiiと同じタクソンであるかもしれないとして、Priodontognathusを単純にオモサウルスの下に包含してしまった。しかしながら、この解釈は誤りであり両種は異なるホロタイプに基づくものであった。シーリーは1901年に別の種を命名した:ノーサンプトンシャーで発見されたプレートである標本CAMSM (SMC) J.46874に基づいたOmosaurus leedsiで、種小名はAlfred Nicholson Leedsに献名されている[10]。1910年フリードリヒ・フォン・ヒューネOmosaurus vetustusを命名した。これはCherwell Riverの西の堤防で発見された大腿骨である標本OUM J.14000に基づいており、種小名は"古代のもの"という意味である[11]。1911年、フランツ・ノプシャ(en)はOmosaurus lennieriを命名した、種小名はGustave Lennierに献名されたもので、1899年にフランス、ノルマンディー地方のCap de la Hève近郊にあるキンメリッジ期の地層Argiles d'Octevilleで発見された部分骨格に基づいている[12]。この標本は1944年のカーンの爆撃の際に破壊されてしまった。

D. armatusの上腕骨、橈骨、尺骨

最後の2つのオモサウルスの種が命名されたものの、オモサウルスの名はジョゼフ・ライディにより1856年に命名されたワニ類、Omosaurus perplexusにより先取された物として知られるようになった[13]。1902年にフレデリック・オーガスタス・ルーカス(en)はこの属をダケントルルスへと改名した。この名前はギリシャ語のδα~、da~="とても" もしくは "~で満ちた"とκέντρον, kentron= "尖り",およびοὐρά, oura="尻尾"から派生している[14]。ルーカスは新しい名前の組み合わせをタイプ種であるOmosaurus armatusのみに与えた:Decentrurus armatus、しかし1915年にエトヴィン・ヘニッヒen)はほとんどのオモサウルスの種をダケントルルスへと移し、結果としてDacentrurus hastigerDacentrurus durobrivensisDacentrurus phillipsiおよびDacentrurus lennieriとなった[15] 。しかし、20世紀中ごろまで研究者は一般に"オモサウルス"の名を使い続けた[16]。以前フォン・ヒューネによってOmosaurusDacentrurusvetustusとして示されたD. vetustusは、1983年にLexovisaurus vetustusとしてレクソヴィサウルスに包含された。

分布[編集]

D. armatusの頸骨とスパイク
D. armatusの胴椎

ヨーロッパの剣竜類でも最もよく知られた属であることから、この地域で発見されたほとんどのの剣竜類の化石はダケントルルスのものとされた [17]。こうした化石にはイングランド南部のウィルトシャードーセットで発見されたもの(その中にはWeymouthで見つかったD. armatusされた椎骨もある)や[18])、フランスやスペインで発見された化石や比較的最近にポルトガルで発見された5つの骨格が含まれる。これのほとんどは断片的な状態で見つかる;中でも完全に近い形の骨格はD. armatusD. lennieriのホロタイプだけである。今までにダケントルルスの発見が報告された地層を以下のリストに示す:

また、ダケントルルスのものとされる卵がポルトガルから発見されている。

混乱しているダケントルルス化石資料についてはさまざな研究者によりの整理と評価が検討されている。80年代にはピーター・ガルトンen)により全て標本をD. armatusとしてしまうという解決策が提案された[18]。また、根本的に異なるアプローチとして、2008年にはスザンナ・メイドメントによりD. armatus のものとする標本はホロタイプだけにしてしまうという解決策が提案されている。メイドメントはポルトガルで発見された剣竜類の化石に基づいた種であるAstrodon pusillus[22]も含めた、ほとんどのダケトルススして命名された種を疑問名nomina dubia)とみなした。メイドメントはおおよその考え方としては大陸からの化石はイングランドのものと別の種のものであろうと考えたが、種としての独自の特徴を立証するには情報が少なすぎるとして、それらをDacentrurus sp.とした[23]

2013年、スペイン、テルエル県のリオデーバ(es)にあるビヤル・デル・アルゾビスポ累層(en)の "Barranco Conejero" locality からまとまって一緒に発見された剣竜類の化石がアルベルト・コボースとフランシスコ・ガスコーにより記載された。この化石はDacentrurus armatusのものとされ、単一の個体由来のの4つの椎体の標本MAP-4488-4491で構成され、2つは頸椎、もう1つは胴椎、残る1つは尾椎である。 この発見はD. armatusの種内での多様性とイベリア地域のジュラ紀 - 白亜紀境界(約1.45億年前)でのダケントルルスの強力な拡散を示すものとして重要視されている[17]

系統[編集]

Caudal vertebra and metacarpal of D. armatusの尾椎と中手骨
D. armatusの坐骨と恥骨

ダケントルルスは今までに良い化石が発見されたものとしては最初の剣竜類である;これ以前に発見されたパラントドンParanthodon)、 レグノサウルスRegnosaurus) およびクラテオサウルスCraterosaurus) は独自の新しいグループとして直説認識されるには情報が少なすぎた。それゆえオーウェンは自身の発見したオモサウルスを恐竜類のメンバーとは気づいたが、他のどの種とも関係付けることが出来なかった。1888年にリチャード・ライデッカーはオモサウルス科(Omosauridae)を命名したが、この名前はオモサウルスが先取名であると分かった後には使われなくなった。 20世紀においては、ダケントルルスは一般的にステゴサウルス科とされていた。

ダケントルルスは以前には基盤的なステゴサウルス科とみなされていたが、2010年の広範な装盾類分岐学的な解析により、むしろ相対的派生的な属であるとされた。ミラガイアに最も近縁で、両者からなるクレードとしてダケントルルス亜科(Dacentrurinae)を形成している。このクレードはステゴサウルス亜科(Stegosaurinae)と姉妹群になっている。以下に示すクラドグラムはMaidment (2010)に従い、装盾類におけるDacentrurus armatusの位置を示したものである[16]

Thyreophora

Emausaurus




Scelidosaurus


Eurypoda
Stegosauria


Huayangosaurus



Chungkingosaurus



Stegosauridae

Kentrosaurus




Dacentrurinae

Dacentrurus armatus



Miragaia




Stegosaurus




Loricatosaurus





Tuojiangosaurus



Paranthodon



Gigantspinosaurus



 

Ankylosauria





脚注[編集]

  1. ^ a b c Galton, Peter M.; Upchurch, Paul, 2004, "Stegosauria" In: Weishampel, David B.; Dodson, Peter; and Osmólska, Halszka (eds.): The Dinosauria, 2nd edition, Berkeley: University of California Press. Pp. 344-345
  2. ^ Holtz, Thomas R. Jr. (2008) Dinosaurs: The Most Complete, Up-to-Date Encyclopedia for Dinosaur Lovers of All Ages Supplementary Information
  3. ^ a b c Paul, G.S., 2010, The Princeton Field Guide to Dinosaurs, Princeton University Press p. 223
  4. ^ Lessem, Don (2003). Scholastic Dinosaurs A-Z. Scholastic Inc.. pp. 67. ISBN 0-439-16591-1. 
  5. ^ Davis, W., 1876, "On the exhumation and development of a large reptile (Omosaurus armatus, Owen), from the Kimmeridge Clay, Swindon, Wilts.", Geological Magazine, 3: 193–197
  6. ^ R. Owen, 1875, Monographs on the fossil Reptilia of the Mesozoic formations. Part II. (Genera Bothriospondylus, Cetiosaurus, Omosaurus). The Palaeontographical Society, London 1875: 15-93
  7. ^ R. Owen, 1877, Monographs on the fossil Reptilia of the Mesozoic formations. Part III. (Omosaurus). The Palaeontographical Society, London 1877 :95-97
  8. ^ J.W. Hulke, 1887, "Note on some dinosaurian remains in the collection of A. Leeds, Esq, of Eyebury, Northamptonshire", Quarterly Journal of the Geological Society 43: 695-702
  9. ^ Seeley, H.G., 1893, "Omosaurus phillipsi", Yorkshire Philosophical Society, Annual Report 1892, p. 52-57
  10. ^ Seeley, H.G., 1901, (in Huene, F.): Centralblatt für Minerologie, Geologie und Paläontologie 1901, p. 718
  11. ^ Huene, F. von, 1910, "Über den altesten Rest von Omosaurus (Dacenturus) im englischen Dogger", Neues Jahrbuch für Mineralogie, Geologie und Paläontologie, 1910(1): 75-78
  12. ^ Nopcsa, F., 1911, "Omosaurus lennieri, un nouveau Dinosaurien du Cap de la Hève", Bulletin de la Société Geologique de Normandie 30: 23-42
  13. ^ J. Leidy, 1856, "Notice of remains of extinct vertebrated animals discovered by Professor E. Emmons", Proceedings of the Academy of Natural Sciences of Philadelphia 8: 255-257
  14. ^ F.A. Lucas, 1902, "Paleontological notes. The generic name Omosaurus: A new generic name for Stegosaurus marshi", Science, new series 16(402): 435
  15. ^ Hennig, E., 1915, Stegosauria: Fossilium Catalogus I, Animalia pars 9, p. 1-16
  16. ^ a b Maidment, S.C.R., 2010, "Stegosauria: a historical review of the body fossil record and phylogenetic relationships", Swiss Journal of Geosciences 103(2): 199-210
  17. ^ a b c Alberto Cobos and Francisco Gascó. (2013) New vertebral remains of the stegosaurian dinosaur Dacentrurus from Riodeva (Teruel, Spain). Geogaceta, 53, 17-20.
  18. ^ a b Galton P.M. (1985) "British plated dinosaurs (Ornithischia, Stegosauridae), Journal of Verebrate Paleontology, 5: 211-254
  19. ^ a b c d e f g h Galton, Peter M.; Upchurch, Paul (2004). "Stegosauria (Table 16.1)." In: Weishampel, David B.; Dodson, Peter; and Osmólska, Halszka (eds.): The Dinosauria, 2nd, Berkeley: University of California Press. Pp. 344-345. ISBN 0-520-24209-2.
  20. ^ Luque, L., Cobos, A., Royo-Torres, A., Espílez, E., & Alcalá, L., 2005, "Caracterización de los depósitos sedimentarios con dinosaurios de Riodeva (Teruel)", Geogaceta, 38: 27–30
  21. ^ J. Company, X. Pereda Suberbiola, J.I. Ruiz-Omeñaca, 2010, "New stegosaurian (Ornithischia, Thyreophora) remains from Jurassic-Cretaceous transition beds of Valencia province (Southwestern Iberian Range, Spain)/ Nuevos restos de estegosaurios (Ornithischia, Thyreophora) del tránsito Jurásico-Cretácico de la provincia de Valencia (Cordillera Ibérica Suroccidental, España)", Journal of Iberian Geology 36(2): 243-252
  22. ^ Galton, P.M., 1981, "A juvenile stegosaurian dinosaur ‘‘Astrodon pusillus’’ from the Upper Jurassic of Portugal, with comments on Upper Jurassic and Lower Cretaceous biogeography", Journal of Vertebrate Paleontology, 1: 245–256
  23. ^ Maidment, S.C.R., Norman, D.B., Barrett, P.M., & Upchurch, P., 2008, "Systematics and phylogeny of Stegosauria (Dinosauria: Ornithischia)", Journal of Systematic Palaeontology, 6: 367–407

参照[編集]

  • Benton M.J., Spencer P.S. (1995). Fossil Reptiles of Great Britain. Chapman & Hall. ISBN 0-412-62040-5. 

外部リンク[編集]