ダイシン百貨店

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株式会社ダイシン百貨店
種類 株式会社
市場情報 非上場
本社所在地 日本の旗 日本
143-0023
東京都大田区山王3-6-3
北緯35度35分0.4秒 東経139度43分26.6秒 / 北緯35.583444度 東経139.724056度 / 35.583444; 139.724056座標: 北緯35度35分0.4秒 東経139度43分26.6秒 / 北緯35.583444度 東経139.724056度 / 35.583444; 139.724056
設立 1968年昭和43年)4月27日[1]
業種 小売業
法人番号 6010801007096
事業内容 ディスカウントストアの運営
代表者 代表取締役社長 大橋展晴
決算期 3月[1]
主要株主 株式会社ドンキホーテホールディングス
外部リンク http://www.daishin-jp.com/
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株式会社ダイシン百貨店(ダイシンひゃっかてん)は、東京都大田区山王にあり、MEGAドン・キホーテ大森山王店を運営する法人である。2016年5月までは社名でもあるダイシン百貨店を運営していた。日本百貨店協会には非加盟であった。

歴史[編集]

創業[編集]

ダイシン百貨店・本店は1964年5月に開店。創業者は信州長野のリンゴ農家(竹内家)で、リンゴのヤミ販売から身を起こした。本店の前身は「信濃屋」という八百屋[2]であり、「ダイシン」の由来は、社員からの募集で"きな州"という意味を込めて名付けられた(つまり漢字に直すと「大信百貨店」となる)。そのため、大森地区にあるからといって大森を音読みしてダイシンとしたわけではない。

他の大規模チェーンストア・百貨店とは異なりリニューアルに消極的であったため、昭和40年代の地方百貨店の雰囲気を近年まで残していたことで知られている。生活用品・DIYに関しては圧倒的な品揃えを誇るほか、ドン・キホーテなどの大型激安店のない当時、多数の食料品・生活用品などをおつとめ品といわれる戦略的な安値で提供し、大森周辺はもとより近隣地区からも集客があった。休日ともなるとダイシン百貨店前の池上通りに、「ダイシン渋滞」と言われた駐車場への入場待ちの影響による渋滞が発生するほどであった。その他、1971年に休校となった立華学園(高校は休校、併設の幼稚園のみ東京都町田市に移転現存)の校舎を買収して1974年に百貨店として改装した久が原店が存在した。高度成長期には約350億円の年商をあげていたとされる。

経営権の移転とリストラ[編集]

1998年には本店リニューアルと同時に隣接地に2館の増設を行い、電化製品・住居設備を扱うメディアプラザ、家具を扱う家具館の3館体制となった。また、久が原店の建て替えを行った。しかし、すでに当時はバブル崩壊以後の消費不況の真っ只中であり、先読みの甘かった規模拡大は、程なく経営の屋台骨を揺るがすことになる。100円ショップなどの安売り店の台頭、イトーヨーカドーなどの大型店の出店の影響、ずさんな在庫管理による不良在庫の膨張もあり、2004年には借入金が100億円を越えるなど経営危機が表面化し2006年には創業家の竹内一族は経営から退く。

経営を引き継いだ建築設計事務所出身の西山敷は、負債を一掃するため大森本店を除く都内周辺の姉妹店を全て閉鎖・売却するという荒療治に出る一方で、一時の勢いはなくなっているものの依然として地元周辺の人気は強い(2002年12月14日放送、テレビ東京出没!アド街ック天国』では、富裕層をターゲットとするカドヤ食品(ダイシンの近隣で営業する高級スーパー)に対して、ダイシンは庶民の味方であると、「大森」の第1位となった[3])同店のブランド力を生かし、半径500m以内、シェア100%主義をスローガンに掲げ地域密着型百貨店への脱皮を図った[4]

本店のリストラは、2004年9月から家電を本店に再度移した上でメディアプラザを家具館、家具館をブック館に再編したのを皮切りに、姉妹店の久が原店を2005年12月に閉店。レストランの廃止、2006年3月にはブック館を廃止して本店5階に移動し2館体制とし、空きとなったブック館は外部テナントを導入し1000円均一ショップ千金ワールドとした。2007年2月には旧メディアプラザである家具館が閉店、最後に残った旧ブック館の千金ワールドも2008年5月25日に閉店し、残ったのは本店のみとなるなど迷走を余儀なくされる。

社会的弱者に優しい店作りへ[編集]

一方、高齢者社会を見据えて社会的弱者に軸足を置いた大手チェーンストアでは出来ない小回りのきく経営、具体的には高齢者向け無料宅配サービス、「大森山王俱楽部」と呼ばれる健康支援サービス、他では扱わない旧製品等の仕入れの継続、山王夏祭りにみられる地域一体となったイベント、自社のポイントカードであるアップルカードの地域への開放等、堅実にリピータを獲得する戦略をとった。この経営手法は、「不況に強い店づくり」のモデルケースとしてマスコミの取材もたびたび受けていた。本館建て替え前は、負の遺産の整理もすすみ、わずかながらも黒字経営に転換していた。

当時のキャッチフレーズは、住んで良かった街づくり。ロゴマークは久が原店閉店前の方位磁針を模したものから、末期に創業時のリンゴとかけたアップルとダイシンの「D」を模したものに変わっている。

本店の建て替え[編集]

老朽化が進行し耐震性確保も問題視されていたことから、2010年2月から駐車場の敷地部分を有効活用する形で北半分を建て替え、2011年2月にプレオープン後、南半分を建て替えて2012年8月にグランドオープンした。

従来、建物のほかに駐車場・駐輪場などがあるが低層利用を余儀なくされ所有地の大きい割には土地の有効利用がされていなかったが、これらの土地も含め建物を拡大することにより、旧店舗では1-5階のフロア構成であったものが1-3階に収容することが可能になり回遊性が高まった。4階・屋上には駐車場を設けるほかにも、多目的集会室・託児所・屋上庭園等小回りのきく設備を設けて他の大規模チェーンストアに対抗することとした。[広報 1]

ドン・キホーテによる買収[編集]

建て替えの時期に規模縮小を余儀なくされたが、その際近隣に相次いで開店したスーパー(オオゼキまいばすけっと等)に押される形で2012年1月期には売上高が51億円と大幅に減少した。2012年に新館がグランドオープンし、売上げ減少には一定の歯止めがかかったものの、社会的弱者に優しい店舗作り・品揃えを加速させたことでむしろ、半径500m以内、シェア100%主義というスローガンとの乖離が生じて若年層の客離れを招く結果となり大幅な回復には至らず、新建屋の建築費用や金利負担などがそのままのしかかる形で2016年1月期には8000万円の赤字を計上するなど慢性的な赤字体質からの脱却は困難な情勢となっていた。

このため社長の西山敷は2014年に経営権をドン・キホーテグループ系列の投資ファンド日本アセットマーケティングに売却。新経営陣は営業時間を他のドン・キホーテ店舗と同一にするなど徐々に店舗運営ノウハウをドン・キホーテのものに移行したうえで、2016年にはドンキホーテホールディングスがダイシン百貨店の経営権を直接獲得。5月8日には「ダイシン百貨店」の屋号としての営業を終了・閉店した[5]

MEGAドン・キホーテへの業態変更[編集]

2016年6月30日、MEGAドン・キホーテ大森山王店としてオープン。店舗の運営主体は、引き続き株式会社ダイシン百貨店が担う[広報 2]。オープン前日の29日には、報道向けの内覧会が開催された[6]。公式ホームページはMEGAドン・キホーテ大森山王店としてリニューアルされたが、MEGAドン・キホーテのロゴとダイシン百貨店のロゴが併記されている。2017年6月には、5Fへ保育園を開設[7][広報 3]

業態[編集]

MEGAドン・キホーテ大森山王店[編集]

全フロアが自社運営ではなく、各階にテナントが入店している。

配達サービス[編集]

ダイシン百貨店時代から店舗で買い物をした商品を宅配する「無料宅配サービス」は業態変更の後も続けられている。

ドン・キホーテグループのサービスブランド「majica Premium」の第二弾として、最短58分以内の配達サービスとして「majica Premium Now」を2017年2月22日より大森山王店からサービス開始。専用サイトから注文を受けた商品を宅配。店舗から半径約3km以内を最短58分以内としている[広報 4]

送迎バスサービス[編集]

ダイシン百貨店時代から継続されているサービス。業態変更により一時休止していたが、2016年7月11日に再開された。

過去の業態[編集]

ダイシン百貨店[編集]

本店・新建屋[編集]

ダイシン百貨店・本店(新建屋)
  • 5階 - カシュカシュカフェ(足湯カフェ)・オオモリノモリカフェ(イベントスペース)・屋外イベントスペース(芝生ガーデン)・駐車場
  • 4階 - ダイシンファミリーレストラン・料亭ひさごや・駐車場
  • 3階 - ペット用品・園芸用品・DIY用品・AV機器・家電・インテリア・家具・寝具・自転車
  • 2階 - 紳士婦人衣料品・靴・鞄・子供ベビー用品・玩具・スポーツ用品・書籍・文具・時計・メガネ・美容室・文士村馬込茶房
  • 1階 - 食品(鮮魚・精肉・野菜)・生活用品・化粧品・薬品・インストアベーカリー・馬込珈琲

旧本店・リニューアル後[編集]

リニューアル後も、昭和の雰囲気を残す質素・レトロなつくりは維持された。旧館は晩年”昭和館”と称され、2011年2月まで営業されていたが、営業終了後ほどなく東日本大震災が起こり、昭和館は館内が被災した。

  • 6階 - ファミリーレストラン・イベントスペース・ゲームパーク(建て替えのため平成23年2月1日から平成24年まで休業)
     リニューアル前の食堂時代から、レストランメニューのナポリタンは人気があり、度々メディアで取り上げられることもあった[8]
  • 5階 - 時計・メガネ・本・CD・文具・寝具・家具・住居設備・フォトスタジオ
  • 4階 - ペット用品・園芸用品・DIY用品・AV機器・家電
  • 3階 - 生活用品・化粧品・薬品・山王健康倶楽部
  • 2階 - 紳士婦人衣料品・呉服・靴・鞄・玩具
  • 1階 - 食品(鮮魚・精肉・野菜)
ダイシン百貨店・旧本店

旧本店・リニューアル前[編集]

この当時は、広告に写真が一切なく赤・青の2色刷で印刷され、単に表形式で特売品を羅列しただけの通称「三色チラシ」が独特であった。また、他の百貨店が地下に食料品を置くのに対し地下階を持たず2階に食料品フロアを設置するなど、異色の構造であった。当時のロゴはDの中心にSを入れた通称「DSマーク」。キャッチフレーズは「皆様の明るい生活と幸せの友」。このキャッチフレーズは公式に使用されなくなって以後も、本店南側の池上通り沿いの看板にのみ残っていた。

価格シールのDSマーク
  • 6階 - ファミリー食堂・レストラン
  • 5階 - 文房具・玩具・薬品・インテリア
  • 4階 - 書籍・DIY・生活用品
  • 3階 - 時計・カメラ・電化製品・鞄・靴
  • 2階 - 食品(鮮魚・精肉・野菜)、スポーツ用品、手芸用品
  • 1階 - 紳士婦人衣料品

久が原店[編集]

昭和49年にオープンの2号店。東京都大田区久が原にて営業していたダイシン百貨店屋号の支店。2005年12月に閉店。

旧本店・メディアプラザ[編集]

平成10年オープンの8号店になる旧本店の別館。電化製品・住居設備を専門に扱っていた。後に電化製品・住居設備を本店へ移転し家具館としてリニューアルされたが、2008年5月に閉店。WEBサイト(アーカイブ)

旧本店・家具館[編集]

平成10年オープンの9号店になる旧本店の別館。家具専門店として営業していたが、書籍専門店としてブック館に再編。その後はテナントビルとして営業していたが2008年5月25日に閉店。

その他姉妹店[編集]

ダイシン百貨店の屋号ではなく、各店舗独自の屋号で展開。

ナガイ(外観)
  • フジ会館(旧・フジイ)(2014年7月閉店)
昭和52年オープンの3号店。長野県須坂市大字須坂1268-1
  • ナガイ(2014年7月閉店)
昭和53年オープンの4号店。フジ会館の隣。長野県須坂市大字須坂1268-1
  • ナガサワ(2004年8月閉店)
昭和55年オープンの5号店。東京都大田区山王 2-1-7
  • タケウチ(2004年4月閉店)
昭和58年オープンの6号店。神奈川県横浜市港南区芹が谷 2-15-1
  • タケウチ(2004年4月閉店)
平成5年オープンの7号店。神奈川県茅ヶ崎市下町屋 1-10-24

なお、須坂の2店舗は後年「株式会社ナガイ商事」により運営されていた。

メディア報道等[編集]

2010年から2012年にかけ旧屋号時代のダイシン百貨店は、「超・地域密着経営」「シルバービジネス・高齢化社会への対応」「中小・小売企業による地域再生」という切り口で、マスコミからしばしば取り上げられた。またメディア掲載による知名度向上に伴い、当時の社長にも外部からの講演依頼が多く寄せられ、積極的に活動した。

報道[編集]

その他の取材協力[編集]

ロケ撮影協力[編集]

講演等[編集]

脚注[編集]

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出典[編集]

広報資料・プレスリリースなど一次資料[編集]

外部リンク[編集]