ダイアン・マーチン

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ダイアン・マーチン
本名 ダイアン・マーチン[1]
生年月日 (1961-12-19) 1961年12月19日(55歳)
出生地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
身長 168cm[1]
職業 女優モデル
主な作品
テレビドラマ
バトルフィーバーJ

ダイアン・マーチン(Diane Martin、1961年12月19日[1] - )は、アメリカ出身[1]の元タレント女優モデルスカイコーポレーションに所属していた[1]

来歴・人物[編集]

元は、スーパー戦隊シリーズのスポンサーであった後楽園ゆうえんちのキャンペーンガールとして活動していた[2]

1979年、スーパー戦隊シリーズ第3作『バトルフィーバーJ』(テレビ朝日)の制作にあたり、東映の常務渡邊亮徳は当時のアグネス・ラム人気にあやかって、ミスアメリカ役にアメリカ人の美女を起用するよう指示を出した。 そうした経緯で、マーチンは本名と同じ「D.マーチン」の役名で同作に登場することになった[2]

『バトルフィーバーJ』放送当時は日本語があまり得意でなく、彼女のセリフは、ミスアメリカの初代スーツアクターであった小牧リサ(15.16話のみ横沢啓子)が吹き替えをしていた[2]

次第にスケジュールが合わなくなり、第24話で途中降板している[2]

出演[編集]

テレビドラマ[編集]

  • バトルフィーバーJ 第1話「突撃!! 球場へ走れ」〜第24話「涙! ダイアン倒る」(1979年、ANB) - ミス・アメリカ / ダイアン・マーチン

その他[編集]

脚注[編集]

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出典
  1. ^ a b c d e 日本タレント名鑑'80』 VIPタイムズ社、1979年、311頁。
  2. ^ a b c d 「吉川進スペシャルインタビュー」、『東映スーパー戦隊大全 バトルフィーバーJ・デンジマン・サンバルカンの世界』双葉社、2003年2月、p.11。ISBN 4-575-29520-5