タバレ・バスケス

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タバレ・ラモン・バスケス・ロサス
Tabaré Ramón Vázquez Rosas
Tabaré26022007.jpg

任期 2005年3月1日2010年2月28日
副大統領 ロドルフォ・ニン・ノボア

ウルグアイの旗 ウルグアイ東方共和国
第41代大統領
任期 2015年3月1日

出生 1940年1月17日
ウルグアイの旗 ウルグアイ東方共和国モンテビデオ
政党 拡大戦線
配偶者 マリア・アウキシリアドーラ・デルガド
署名 Firmatabare.JPG

タバレ・ラモン・バスケス・ロサス(西:Tabaré Ramón Vázquez Rosas 1940年1月17日 - )はウルグアイの大統領(第38代、第40代)。本業は医師であるが、左派連合拡大戦線の代表として2004年10月31日の選挙に臨み当選した。2005年3月1日に大統領に就任。ウルグアイ初の左派政権となった。2010年3月1日に退任後、2014年の大統領選挙で当選し、2015年3月1日に再び大統領に就任した。

経歴[編集]

モンテビデオ近郊で育ち、1972年に医科大学を卒業している。1976年にはフランス政府の奨学金で、パリで研究を行っていた。1960年代より社会党を支持し、1985年の民政移管後に頭角を現す。1988年には恩赦法に関する国民投票委員会の財政部門責任者となった。

1990年にはモンテビデオの市長となり、1995年まで勤めた。大統領選挙には1994年と1999年にも出馬している。この間、1996年には左派連合の代表となっている。2004年の選挙において絶対多数となる51.7%の得票(1,124,761票)を得て当選した。

2015年11月に来日。

エピソード[編集]

2015年10月、パリに公式訪問するために飛行機で移動していた最中に、ピーナッツアレルギーを発症して危険な状態に陥っていた10代のフランス人女性を自身の主治医とともに治療し救った[1]。また、これ以外にも2005年、2010年に機内で発生した急患に対応したことがある[2]

脚注[編集]

  1. ^ “飛行機内で急患発生 救ったのは医師のウルグアイ大統領”. 朝日新聞デジタル (朝日新聞). (2015年10月31日). http://www.asahi.com/articles/ASHBZ2QLTHBZUHBI00G.html 2015年10月31日閲覧。 
  2. ^ “飛行機で17歳少女が発作「お客様に医者はいませんか」→助けた医師はウルグアイ大統領だった”. ハフィントン・ポスト. (2015年10月31日). http://www.huffingtonpost.jp/2015/10/31/uruguay-president-saves-french-girl_n_8439752.html 2015年10月31日閲覧。 

参考文献[編集]

Ana Frega et al. Historia del Uruguay en el siglo XX (1890-2005). Montevideo, Ediciones de la Banda Oriental, 2008 (2a ed).

公職
先代:
ホセ・ムヒカ
ホルヘ・バジェ・イバニェス
ウルグアイの旗 ウルグアイ東方共和国大統領
第40代:2015年 -
第38代:2005年 - 2010年
次代:
-
ホセ・ムヒカ