タチアナ・ペレビニス

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タチアナ・ペレビニス
Tatiana Perebiynis
Tennis pictogram.svg
Tatiana Perebiynis - Stockholm 2008.jpg
タチアナ・ペレビニス
基本情報
フルネーム Tetyana Yurevna Perebiynis
国籍  ウクライナ
出身地 同・ハルキウ
生年月日 (1982-12-15) 1982年12月15日(36歳)
身長 173cm
体重 59kg
利き手
バックハンド 両手打ち
ツアー経歴
デビュー年 1996年
引退年 2009年
ツアー通算 6勝
シングルス 0勝
ダブルス 6勝
生涯通算成績 401勝331敗
シングルス 247勝190敗
ダブルス 154勝141敗
生涯獲得賞金 $1,148,734
4大大会最高成績・シングルス
全豪 2回戦(2005・2008)
全仏 3回戦(2004)
全英 3回戦(2004)
全米 3回戦(2008)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 3回戦(2008)
全仏 3回戦(2007)
全英 ベスト4(2006)
全米 2回戦(2001・03・07)
4大大会最高成績・混合ダブルス
全英 準優勝(2005)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 55位(2008年4月21日)
ダブルス 35位(2008年4月21日)

タチアナ・ペレビニスTatiana Perebiynis, ウクライナ語Тетяна Перебійніс, 1982年12月15日 - )は、ウクライナハルキウ出身の女子プロテニス選手。2005年ウィンブルドン混合ダブルス部門で、オーストラリアポール・ハンリーとペアを組んで準優勝した選手である。自己最高ランキングはシングルス55位、ダブルス35位。WTAツアーでシングルスの優勝はないが、ダブルスで6勝を挙げている。

来歴[編集]

1996年にプロ入り。1999年から女子テニス国別対抗戦・フェドカップウクライナ代表に選出され、2004年まで6年間代表選手を務めた。ジュニア選手の大会では、2000年ウィンブルドンの女子ジュニア部門でシングルス準優勝・ダブルス優勝がある。2001年全豪オープンから4大大会の予選会に出場し始め、同年の全米オープンで本戦初出場を果たす。2002年6月、ウズベキスタンタシュケント大会でダブルス初優勝を達成。ペレビニスは2004年にシングルスの好成績を多く出し、全仏オープンウィンブルドンで2大会連続の3回戦に進み、8月第2週のスウェーデンストックホルム大会で初の女子ツアー大会決勝進出があった。その決勝戦ではオーストラリアアリシア・モリクに 1-6, 1-6 で敗れ、シングルス初優勝のチャンスを逃してしまう。ストックホルム大会準優勝の後、ペレビニスは2004年アテネ五輪にもウクライナ代表選手として出場した。女子シングルス2回戦では、日本杉山愛と対戦し 7-5, 6-4 で敗れている。

2005年ウィンブルドンで、タチアナ・ペレビニスはオーストラリアポール・ハンリーと混合ダブルスのペアを組み、初めての決勝戦に勝ち進んだ。ハンリーとペレビニスは、決勝でマヘシュ・ブパシインド)&マリー・ピエルスフランス)組に 4-6, 2-6 で敗れて準優勝になった。ウクライナの女子テニス選手によるウィンブルドン決勝進出は、1999年の女子ダブルス準優勝者になったエレナ・タタルコワ以来2人目であった。

ウィンブルドン混合ダブルス準優勝の後、ペレビニスはウイルス感染症を患い、2005年シーズン後半のトーナメントを棒に振った。この期間中にコーチのドミトリー・ザドロツニー(Dimitriy Zadorozhniy)と結婚。2006年2月からツアーに復帰し、同年のウィンブルドン女子ダブルスにおいて、同じウクライナのユリアナ・フェダクと組んで準決勝に進出した。2007年5月上旬にポーランドワルシャワで開かれた「J&Sカップ」のダブルスで、ベラ・ドゥシェビナ(ロシア)と組んで復活優勝を果たす。2007年ウィンブルドンで久々に4大大会の予選会を通過し、本戦2回戦まで勝ち進んだ後、全米オープンでも予選を通過する。2008年には4年ぶりのフェドカップ代表復帰も果たし、北京五輪で2度目のオリンピックに出場する。全米オープンシビル・バンマーオーストリア)との3回戦まで進出した。

ペレビニスは2009年ウィンブルドン選手権を最後に公式試合から遠ざかっている。

WTAツアー決勝進出結果[編集]

シングルス: 1回 (0勝1敗)[編集]

大会グレード
グランドスラム (0–0)
ティア I (0–0)
ティア II (0–0)
ティア III (0–0)
ティア IV & V (0–1)
結果 No. 決勝日 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
準優勝 1. 2004年8月8日 スウェーデンの旗 ストックホルム ハード オーストラリアの旗 アリシア・モリク 1–6, 1–6

ダブルス: 11回 (6勝5敗)[編集]

結果 No. 決勝日 大会 サーフェス パートナー 対戦相手 スコア
準優勝 1. 2001年6月17日 ウズベキスタンの旗 タシケント ハード ベラルーシの旗 タチアナ・ポウチェク オーストリアの旗 パトリシア・ワーツシュ
ハンガリーの旗 ペトラ・マンデュラ
1–6, 4–6
優勝 1. 2002年6月16日 ウズベキスタンの旗 タシケント ハード ベラルーシの旗 タチアナ・ポウチェク ドイツの旗 Mia Buric
ロシアの旗 ガリナ・フォキナ
7–5, 6–2
準優勝 2. 2003年2月23日 コロンビアの旗 ボゴタ クレー スロベニアの旗 ティナ・クリザン スロベニアの旗 カタリナ・スレボトニク
スウェーデンの旗 アサ・スベンソン
2–6, 1–6
準優勝 3. 2003年4月20日 ハンガリーの旗 ブダペスト クレー スペインの旗 コンチタ・マルティネス・グラナドス ハンガリーの旗 ペトラ・マンデュラ
ウクライナの旗 エレナ・タタルコワ
3–6, 1–6
優勝 2. 2003年8月3日 ポーランドの旗 ソポト クレー クロアチアの旗 シルビア・タラヤ エストニアの旗 マレット・アニ
チェコの旗 リブセ・プルソバ
6–4, 6–2
準優勝 4. 2003年8月10日 フィンランドの旗 ヘルシンキ クレー クロアチアの旗 シルビア・タラヤ ロシアの旗 エフゲニア・クリコフスカヤ
ウクライナの旗 エレナ・タタルコワ
2–6, 4–6
優勝 3. 2005年2月27日 メキシコの旗 アカプルコ クレー ロシアの旗 アリーナ・イドコワ スペインの旗 ロサ・マリア・アンドレス・ロドリゲス
スペインの旗 コンチタ・マルティネス・グラナドス
7–5, 6–3
優勝 4. 2005年5月1日 ポーランドの旗 ワルシャワ クレー チェコの旗 バルボラ・ストリコバ ポーランドの旗 クラウディア・ヤンス
ポーランドの旗 アリシア・ロソルスカ
6–1, 6–4
優勝 5. 2007年5月6日 ポーランドの旗 ワルシャワ クレー ロシアの旗 ベラ・ドゥシェビナ ロシアの旗 エレーナ・リホフツェワ
ロシアの旗 エレーナ・ベスニナ
7–5, 3–6, [10–2]
優勝 6. 2008年5月24日 フランスの旗 ストラスブール クレー 中華人民共和国の旗 晏紫 チャイニーズタイペイの旗 詹詠然
チャイニーズタイペイの旗 荘佳容
6–4, 6–7(3), [10–6]
準優勝 5. 2008年1月11日 オーストラリアの旗 シドニー ハード ベラルーシの旗 タチアナ・ポウチェク 中華人民共和国の旗 鄭潔
中華人民共和国の旗 晏紫
4–6, 6–7(5)

4大大会シングルス成績[編集]

略語の説明
W  F  SF QF #R RR Q# LQ A WG Z# PO SF-B S G NMS NH

W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加
WG=デビスカップワールドグループ, Z#=デビスカップ地域ゾーン, PO=デビスカッププレーオフ, SF-B=オリンピック銅メダル, S=オリンピック銀メダル, G=オリンピック金メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, NH=開催なし.

大会 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 通算成績
全豪オープン LQ LQ LQ 1R 2R A LQ 2R A 2–3
全仏オープン LQ LQ 1R 3R 1R A LQ 1R A 2–4
ウィンブルドン LQ 1R 2R 3R 1R LQ 2R 2R 1R 5–7
全米オープン 1R LQ 2R 1R A LQ 1R 3R A 3–5

外部リンク[編集]