タチアナ・シェバノワ

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タチアナ・ヴラジミーロヴナ・シェバノワロシア語:Татьяна Владимировн Шебанова, ラテン文字転写例:Tatiana Vladimirovna Shebanova, 1953年1月12日 - 2011年3月1日[1])は、ロシア出身のピアニストである。

経歴[編集]

モスクワに生まれる。モスクワ音楽院付属中央音楽学校でタチアナ・ケースネルにピアノを学んだあと、モスクワ音楽院ヴィクトル・メルジャーノフのクラスに入り、1976年に音楽院を首席で卒業した後もメルジャーノフの助手を務めた。在学中の1969年にはプラハの春国際音楽コンクールで優勝し、1976年のジュネーヴ国際音楽コンクールのピアノ部門で優勝を飾った。1980年のショパン国際ピアノ・コンクールで2位入賞を果たし、欧州諸国のほぼすべての他、フィリピン、台湾、カナダ、南アフリカ、アメリカ等でも演奏し、ピアニストとしての名声を確立するに至った。その後、ポーランド出身のピアニスト、ヤロスワフ・ジェヴィエツキと結婚し、ポーランド国籍を取得。息子スタニスワフもピアニストとなった。

シェバノワは、主に Melodiya や Polskie Nagrania Muza といった旧東欧地区のレーベルを中心に録音を残した。主にショパンブラームスラフマニノフ、ファインバーグ、ドビュッシーシマノフスキ、アレクサンドル・ザジツキ等を録音している。

ワルシャワにて死去。[2]

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  1. ^ HMV
  2. ^ [1]