タウラ・フィフィタ

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ヒクレオ
Hikuleo
プロフィール
リングネーム ヒクレオ
レオ・トンガ
本名 タウラ・フィフィタ
ニックネーム トンガン・ジャイアント
身長 203cm[1]
体重 120kg[1]
誕生日 (1991-02-07) 1991年2月7日(28歳)[1]
所属 新日本プロレス
トレーナー チーム3Dアカデミー
バッドラック・ファレ
デビュー 2016年11月12日[1]
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タウラ・フィフィタTaoola Fifita1991年2月7日 - )は、男性プロレスラー新日本プロレス所属。レオ・トンガLeo Tonga)、ヒクレオリングネームで活動中。

父はWCWWWFで活躍した往年の名レスラー、キング・ハク。兄はタマ・トンガのリングネームで活動しているピート・フィフィタ、タンガ・ロアのリングネームで活動しているテヴィタ・フィフィタの二人がいる。

来歴[編集]

プロレスラーになるために、チーム3Dアカデミーに入門しトレーニングを開始[2]。その後は、オークランドを拠点とするバッドラック・ファレが主宰するファレ道場にて練習を積む[2]

2016年11月12日、ニュージーランドで開催されたCHARITY PRO KING WRESTLING"ON THE MAT"にて、ヒクーレオ英語: HikuLe'o)のリングネームを名乗り、ヘナーレを相手にプロレスデビュー。試合は首固めで敗北を喫した[3]

2017年9月、ケニー・オメガの怪我による負傷に伴い、新日本プロレスに緊急参戦が決定[2]。7日後楽園ホール大会にて、兄のタマ・トンガ & タンガ・ロアと兄弟トリオを結成し、ジュース・ロビンソン & レイモンド・ロウ & ハンソン組を相手に日本デビュー戦を行った[4]。試合後のバックステージでは、兄のタマからBULLET CLUBのTシャツを手渡され、新メンバーとして加入を果たした。

2018年1月、リングネームを「ヒクレオ」に改名。

3月3日、新日本プロレス旗揚げ記念日シリーズにて佐久大会で高橋裕二郎、ヒクレオVSジュース・ロビンソントーア・ヘナーレの試合が行われた際にヘナーレの串刺し式ラリアットを受けた際に倒れ、試合続行不可能として無念のレフェリーストップ負けを喰らう。ヘナーレはバックステージでこの事について自分はあれで勝ちだと思ってない。リングに戻ってきたらまた闘おう(省略)と語っていた。

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d 選手名鑑”. 新日本プロレス公式サイト. 2017年9月8日閲覧。
  2. ^ a b c ケニー・オメガ選手欠場により、タマ&タンガの“末の弟”、レオ・トンガ選手が新日本マットに緊急参戦!!”. 新日本プロレス公式サイト. 2017年9月6日閲覧。
  3. ^ CHARITY PRO KING WRESTLING“ON THE MAT” – THE TRUSTS ARENA – 第1試合”. 新日本プロレス公式サイト. 2016年11月12日閲覧。
  4. ^ Road to DESTRUCTION – 東京・後楽園ホール – 第5試合”. 新日本プロレス公式サイト. 2017年9月7日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]