ゾルカ・カラジョルジェヴィチ

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モンテネグロ王女ゾルカ

ゾルカ・カラジョルジェヴィチセルビア語Зорка Карађорђевић1864年12月23日 - 1890年3月16日)は、セルビアペータル1世の妃。夫が即位する前に亡くなったため、王妃とは呼ばれない。モンテネグロ名はリュビツァ・ペトロヴィチ=ニェゴシュ (セルビア語:Љубица Петровић-Његош)。

のちのモンテネグロ王で、当時モンテネグロ主教公であったニコラ1世とその妃ミレナ・ヴコティッチの長女として、ツェティニェで生まれた。

妹たちとともにロシア帝国で教育を受けて帰国後、1883年に当時セルビア王子だったペータルと結婚。5子をもうけた。

1890年、ゾルカは第5子のアンドレイ王子を出産後に急死し、トポラにある聖トポレナツ教会に埋葬された。

妹たちのうち、ミリツァスタナはともにロシア大公と結婚し、ゾルカの死後、長女イェレナを引き取って養育した。