セルフコントロール

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セルフコントロールを失うことは暴走列車に例えられる
人はアルコールを飲むことで、故意にセルフコントロール機能を失わせる[1]

セルフコントロール(Self-control)、克己(こっき)、自制(じせい)とは、誘惑や衝動に直面した際に、自己意思感情思考行動を抑制すること[2][3]。直接的な外的強制力がない場面で自発的に自己の行動を統制する行動プロセスである[4][5][6]。セルフコントロールが効かなくなった状態を脱抑制と呼ぶ。

「短期的利得が長期的損失あるいは(短期的利得以上に得られる)長期的利得と対立する状況下において、長期的結果を選ぶ能力」[7][8]ともされ、たとえばアルコール依存症の患者では、飲酒をセルフコントロールする能力が喪失しているため、自分では飲酒をやめることができなくなり長期的には健康を害してしまう[1]

研究によれば、セルフコントロールは筋肉のようなものである。それは感情的なものか行動的なものかに問わず、エネルギーのような限られた資源であるという[9]。つまりそれを過度に使用しすぎると、短期的には枯渇してしまうのである[10]。しかしそれを何度も繰り返していくと、強化され容量が増えていくのだという[3]

スキナーによる技法調査[編集]

バラス・スキナーの研究 Science and Human Behaviorにおいては、人が自分を制御する方法として9つの方法が挙げられている[11]

身体拘束や物理的支援[編集]

物理的な環境調整により、ある動作をやりやすくしたり、他の動作を難しくする。この概念は「物理的なプロンプト」とも呼ばれる[12]

たとえばビリヤードでプールショットを安定させるために、口の前で手を叩く、息を止めるために手をポケットにしまう、手を橋の位置に置くことは、みな行動に影響を及ぼす物理的手段である[13]

刺激を変える[編集]

行動を誘発する機会を操作することで、行動自身を変化させることができうる。たとえば、注意を散漫させる余計な刺激を除去したり、ある行動を誘発させるための手順を追加することなどがある[14]

欠乏と飽和[編集]

欠乏・飽和の状態をコントロールすることで、自分自身の行動を操作することができる。たとえば事前に食事を抜いておくことで、食べ放題のバイキングがより効率的となる。また予め健康的なスナックを食べることで、無料のジャンクフードに手を伸ばすことを防ぐことができる[15]

感情状況を操作する[編集]

私たちはある反応を引き出すために、感情的な状況を操作する[16]。たとえば劇場が代表例である。俳優はある人物の役を演じるとき、必要に応じて辛い記憶を引き出し、意図的に涙を流している。

嫌悪感を使う[編集]

嫌悪的な刺激は、対象となる行動をとる可能性を増減させる手段として用いられる[16]

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特定の種類の薬物は、セルフコントロールに影響を及ぼす。メチルフェニデートおよびアンフェタミンのような精神賦活剤は抑制制御を改善するため、一般的にADHDを治療するために使用される[17][18]。同様にアルコールなどの抑制剤は、脳機能を遅くし、集中力を低下させ、抑うつや見当識障害を引きおこし、セルフコントロールを弱体化させる[19]

オペラント条件づけ[編集]

オペラント条件づけとは、スキナー条件付けとも呼ばれ、ある行動の再発を活性化(強化)したり、また低下させる(弱化)条件付けである[16]

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望ましくない行動に対して、自分で自分に罰を与えること。たとえば僧侶や宗教関係者などが行う、自分自身の鞭打ち行動に見られる[20]

"何か他のことをする"[編集]

スキナーは「汝の敵を愛せ」といった訓示に見られるように、様々な哲学や宗教がこの原則を実証したと指摘している[21]。怒りや憎しみに満ちているとき、我々は自分で「何か他のことをする」、あるいはより具体的に応答とは関係してない事をやることで、自身を制御しているのだという。

自我枯渇[編集]

セルフコントロールを意思決定による認知制御において用いていくと、その能力は将来的に枯渇していくという理論がいくつか存在する[22]自我枯渇(Ego depletion)とは、強いセルフコントロールにはエネルギーと注意力が必要であり、長期にわたってセルフコントロールを要求すると、コントロール力は徐々に低下していくという理論である。この理論は後に、脳波記録検査法(EEG)で脳内の前帯状皮質におけるスパイク発火(エラー関連陰性電位)が対応する脳機能であることが確認された[23]

この枯渇を補う方法がいくつか存在する。 一つは、高い要求の際には休息とリラクゼーションを取る。二つ目は、特定の行動を使ってセルフコントロールを訓練することで、セルフコントロールを強化する[24]。これは自分の関心分野において衝動をコントロールする難しさがある人の場合、特に有効であるという[25] 他には、我々が欲望に近づく方法を変えることで、望ましくない欲求を克服するという方法もある。

具体例[編集]

1980年代にマシュマロ実験に代表されるセルフコントロールに多くの心理学者が目を向けるようになった[26]。その後の研究で、セルフコントロール能力が生む利益が総合的に評価され、「自己調節の失敗こそが、現代における主要な社会病理である」と結論付けられた[27]。この研究では、高い離婚率や家庭内暴力や犯罪、その他の問題の一因となった多くの例が挙げられている。

学業成績との関連[編集]

セルフコントロール能力が学生の成績を予測する方法としてIQやSATのスコアよりも優れていることが証明された[28]。いわゆる生の知性(問題解決能力や明晰な思考など)も優れているが、セルフコントロールはそれよりも重要なものであった。自分をコントロールできる生徒は授業への出席率も高く、早めに宿題に着手し、よく勉強する一方で、テレビを見る時間は少なかった。

あらゆる領域との関連[編集]

後の研究[29]では、職場でセルフコントロール能力が高い上司は、部下からも同僚からも好意的に評価されていた。セルフコントロール能力が高い人物は感情的にも安定していて、不安やうつ病や偏執病、精神病質傾向、強迫神経症、摂食障害、アルコール依存症その他の問題を抱える傾向が低い。また腹を立てることが少なく、腹を立てた場合にも暴言を吐いたり暴力をふるったりして攻撃的になることが少なくいことが示された。日本の研究では、ひきこもり発達障害の関連性を示す特徴の一つとして、感情や情動のセルフコントロールが困難であるために些細なことで気分が不安定になって落ち込んだり、腹を立てたり無気力になるといった傾向があげられている[30]

2010年にはニュージーランドで1000人の子供を誕生から32歳まで追跡するという大規模で徹底された調査が発表された[31]。その結果は、セルフコントロール能力が高かった子供は、成人してからの肥満率が低く、性感染症を持つ者も少なく、歯の状態もよいという身体的に健康な状態であることが明らかになった。また、大人になってからも安定した結婚生活を営み、両親が揃った家庭で子供を育てる傾向があった。一方、セルフコントロール能力が低かった子供は、アルコールや薬物の問題を抱えやすく、大人になってから経済的に貧しくなる傾向にあり、子供を1人親家庭で育てる割合が高く、刑務所に入る割合が高かった。この研究の内容は、評価方法は観察、両親・教師・子供本人からの問題点の報告によるもので信頼性の高い尺度であり、知能・社会階級・人種の要素を考慮してもなお、全てに有意の差が見られた。

脚注[編集]

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  1. ^ a b 信田さよ子 『アディクションアプローチ : もうひとつの家族援助論』 医学書院、1999年6月。ISBN 4260330020 
  2. ^ Matt DeLisi. “Chapter 10: Low Self-Control Is a Brain-Based Disorder”. SAGE Publications Ltd. 2014年5月4日閲覧。
  3. ^ a b Diamond A (2013). “Executive functions”. Annu Rev Psychol 64: 135–168. doi:10.1146/annurev-psych-113011-143750. PMC: 4084861. PMID 23020641. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4084861/. 
  4. ^ 杉若弘子「できない,でも(少しは)できるようになりたい:セルフ・コントロールの臨床心理学」『心理臨床科学』第1巻第1号、2011年、 17-20頁、 NAID 120005640631
  5. ^ 杉若弘子『セルフ・コントロールの実験臨床心理学』風間書房、2003年、ISBN 4759913556
  6. ^ C. E. Thoresen and M. J. Mahoney, Behavioral Self-control, New York: Holt, Rinehart & Winston, 1974, ISBN 0030915228
  7. ^ 藤野京子「セルフコントロールの概念をめぐって ─ Gottfredson & Hirschi の Self-Control についての心理学的視点からの検討 ─」」『早稲田大学大学院文学研究科紀要』1分冊、2013年2月26日、 NAID 120005290651
  8. ^ G. R. VandenBos, APA Dictionary of Psychology, Washington, DC: American Psychological Association, 2006
  9. ^ DeWall, C. Nathan; Baumeister, Roy F.; Stillman, Tyler F.; Gailliot, Matthew T. (2007-01-01). “Violence restrained: Effects of self-regulation and its depletion on aggression”. Journal of Experimental Social Psychology 43 (1): 62–76. doi:10.1016/j.jesp.2005.12.005. http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0022103105001551. 
  10. ^ Longitudinal Improvement of Self-Regulation Through Practice: Building Self-Control Strength Through Repeated Exercise. (Muraven, M., Baumeister, R. F., & Tice, D. M.)
  11. ^ Skinner, B.F. Science and Human Behavior, Chapter XV
  12. ^ Martin G.; Pear J. (2011). Behavior modification: What it is and how to do it. p. 305. 
  13. ^ Skinner, B.F. Science and Human Behavior, Chapter XV p. 231
  14. ^ Skinner, B.F. Science and Human Behavior, Chapter XV p. 233
  15. ^ Skinner, B.F. Science and Human Behavior, Chapter XV p. 235
  16. ^ a b c O'Donohue, W., Ferguson. E. K., (2001). The Psychology of BF Skinner. p. 305. 
  17. ^ “The Cognition-Enhancing Effects of Psychostimulants Involve Direct Action in the Prefrontal Cortex”. Biol. Psychiatry 77 (11): 940–950. (June 2015). doi:10.1016/j.biopsych.2014.09.013. PMID 25499957. "The procognitive actions of psychostimulants are only associated with low doses. Surprisingly, despite nearly 80 years of clinical use, the neurobiology of the procognitive actions of psychostimulants has only recently been systematically investigated. Findings from this research unambiguously demonstrate that the cognition-enhancing effects of psychostimulants involve the preferential elevation of catecholamines in the PFC and the subsequent activation of norepinephrine α2 and dopamine D1 receptors. ... This differential modulation of PFC-dependent processes across dose appears to be associated with the differential involvement of noradrenergic α2 versus α1 receptors. Collectively, this evidence indicates that at low, clinically relevant doses, psychostimulants are devoid of the behavioral and neurochemical actions that define this class of drugs and instead act largely as cognitive enhancers (improving PFC-dependent function). This information has potentially important clinical implications as well as relevance for public health policy regarding the widespread clinical use of psychostimulants and for the development of novel pharmacologic treatments for attention-deficit/hyperactivity disorder and other conditions associated with PFC dysregulation. ... In particular, in both animals and humans, lower doses maximally improve performance in tests of working memory and response inhibition, whereas maximal suppression of overt behavior and facilitation of attentional processes occurs at higher doses." 
  18. ^ “Prescription Stimulants' Effects on Healthy Inhibitory Control, Working Memory, and Episodic Memory: A Meta-analysis”. J. Cogn. Neurosci.: 1–21. (January 2015). doi:10.1162/jocn_a_00776. PMID 25591060. "Specifically, in a set of experiments limited to high-quality designs, we found significant enhancement of several cognitive abilities. ... The results of this meta-analysis ... do confirm the reality of cognitive enhancing effects for normal healthy adults in general, while also indicating that these effects are modest in size." 
  19. ^ Long-term & Short-term effects, depressants, brand names: Foundation for a drug free work”. 2016年3月1日閲覧。
  20. ^ Skinner, B.F. Science and Human Behavior, Chapter XV p. 237
  21. ^ Skinner, B.F. Walden Two 1948
  22. ^ Vohs KD, Baumeister RF, Schmeichel BJ, Twenge JM, Nelson NM, Tice DM; Baumeister; Schmeichel; Twenge; Nelson; Tice (May 2008). “Making choices impairs subsequent self-control: a limited-resource account of decision making, f-regulation, and active initiative” (PDF). J Pers Soc Psychol 94 (5): 883–98. doi:10.1037/0022-3514.94.5.883. PMID 18444745. http://www.apa.org/pubs/journals/releases/psp945883.pdf. 
  23. ^ Inzlicht, Michael; Gutsell, Jennifer N. (2007-11). “Running on empty: neural signals for self-control failure”. Psychological Science 18 (11): 933–937. doi:10.1111/j.1467-9280.2007.02004.x. ISSN 0956-7976. PMID 17958704. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/17958704. 
  24. ^ Hagger M.S., Wood C., Stiff C., Chatzisarantis N.L.; Wood; Stiff; Chatzisarantis (2010). “Ego depletion and the strength model of self control: A meta-analysis”. Psychological Bulletin 136 (4): 495–525. doi:10.1037/a0019486. PMID 20565167. http://web.ebscohost.com/ehost/detail?vid=4&sid=e1c32b5b-858d-4cd4-88de-266f63ddb869%40sessionmgr114&hid=112&bdata=JkF1dGhUeXBlPWNvb2tpZSxpcCxjcGlkJmN1c3RpZD1zODQxOTIzOSZzaXRlPWVob3N0LWxpdmU%3d#db=pdh&AN=2010-12718-004. 
  25. ^ Denson, T.F., Capper, M. M., Oaten, M., Friese, M., & Schofield, T. P.; Capper; Oaten; Friese; Schofield (2011). “Self-control training decreases anger and aggression in response to provocation in aggressive individuals.”. Journal of Research in Personality 45 (2): 252–256. doi:10.1016/j.jrp.2011.02.001. 
  26. ^ ロイ・バウマイスター『意志力の科学』、渡会圭子訳、インターシフト、2013年、p.19。ISBN 978-4772695350
  27. ^ F., Baumeister, Roy (1994). Losing control : how and why people fail at self-regulation. Heatherton, Todd F., Tice, Dianne M.. San Diego: Academic Press. ISBN 0120831406. OCLC 30594010. https://www.worldcat.org/oclc/30594010. 
  28. ^ Wolfe, Raymond N.; Johnson, Scott D. (1995-4). “Personality as a Predictor of College Performance” (英語). Educational and Psychological Measurement 55 (2): 177–185. doi:10.1177/0013164495055002002. ISSN 0013-1644. http://journals.sagepub.com/doi/10.1177/0013164495055002002. 
  29. ^ Tangney, June P.; Baumeister, Roy F.; Boone, Angie Luzio (2004-4). “High self-control predicts good adjustment, less pathology, better grades, and interpersonal success”. Journal of Personality 72 (2): 271–324. ISSN 0022-3506. PMID 15016066. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15016066. 
  30. ^ 星野仁彦 「ひきこもりと発達障害」『ひきこもり支援者読本』 内閣府子ども若者・子育て施策総合推進室、2011年
  31. ^ Moffitt, T. E.; Arseneault, L.; Belsky, D.; Dickson, N.; Hancox, R. J.; Harrington, H.; Houts, R.; Poulton, R. et al. (2011-02-15). “A gradient of childhood self-control predicts health, wealth, and public safety” (英語). Proceedings of the National Academy of Sciences 108 (7): 2693–2698. doi:10.1073/pnas.1010076108. ISSN 0027-8424. PMC: PMC3041102. PMID 21262822. http://www.pnas.org/cgi/doi/10.1073/pnas.1010076108. 

参考文献[編集]

  • ロイ・バウマイスター『意志力の科学』、渡会圭子訳、インターシフト、2013年

関連項目[編集]