セルフコントロール


セルフコントロール(英: self-control)、
「短期的利得が長期的損失あるいは(短期的利得以上に得られる)長期的利得と対立する状況下において、長期的結果を選ぶ能力」[7][8]ともされ、たとえばアルコール依存症の患者では、飲酒をセルフコントロールする能力が喪失しているため、自分では飲酒をやめることができなくなり長期的には健康を害してしまう[1]。
研究によれば、セルフコントロールは筋肉のようなものである。 それは感情的なものか行動的なものかに問わず、エネルギーのような限られた資源であるという[9]。 つまりそれを過度に使用しすぎると、短期的には枯渇してしまうのである[10]。 しかしそれを何度も繰り返していくと、強化され容量が増えていくのだという[3]。
スキナーによる技法調査[編集]
バラス・スキナーの研究 Science and Human Behaviorにおいては、人が自分を制御する方法として9つの方法が挙げられている[11]。
身体拘束や物理的支援[編集]
物理的な環境調整により、ある動作をやりやすくしたり、他の動作を難しくする。この概念は「物理的なプロンプト」とも呼ばれる[12]。
たとえばビリヤードでプールショットを安定させるために、口の前で手を叩く、息を止めるために手をポケットにしまう、手を橋の位置に置くことは、みな行動に影響を及ぼす物理的手段である[13]。
刺激を変える[編集]
行動を誘発する機会を操作することで、行動自身を変化させることができうる。たとえば、注意を散漫させる余計な刺激を除去したり、ある行動を誘発させるための手順を追加することなどがある[14]。
欠乏と飽和[編集]
欠乏・飽和の状態をコントロールすることで、自分自身の行動を操作することができる。たとえば事前に食事を抜いておくことで、食べ放題のバイキングがより効率的となる。また予め健康的なスナックを食べることで、無料のジャンクフードに手を伸ばすことを防ぐことができる[15]。
感情状況を操作する[編集]
私たちはある反応を引き出すために、感情的な状況を操作する[16]。たとえば劇場が代表例である。俳優はある人物の役を演じるとき、必要に応じて辛い記憶を引き出し、意図的に涙を流している。
嫌悪感を使う[編集]
嫌悪的な刺激は、対象となる行動をとる可能性を増減させる手段として用いられる[16]。
薬[編集]
特定の種類の薬物は、セルフコントロールに影響を及ぼす。メチルフェニデートおよびアンフェタミンのような精神賦活剤は抑制制御を改善するため、一般的にADHDを治療するために使用される[17][18]。同様にアルコールなどの抑制剤は、脳機能を遅くし、集中力を低下させ、抑うつや見当識障害を引きおこし、セルフコントロールを弱体化させる[19]。
オペラント条件づけ[編集]
オペラント条件づけとは、スキナー条件付けとも呼ばれ、ある行動の再発を活性化(強化)したり、また低下させる(弱化)条件付けである[16]。
罰[編集]
望ましくない行動に対して、自分で自分に罰を与えること。たとえば僧侶や宗教関係者などが行う、自分自身の鞭打ち行動に見られる[20]。
"何か他のことをする"[編集]
スキナーは「汝の敵を愛せ」といった訓示に見られるように、様々な哲学や宗教がこの原則を実証したと指摘している[21]。怒りや憎しみに満ちているとき、我々は自分で「何か他のことをする」、あるいはより具体的に応答とは関係してない事をやることで、自身を制御しているのだという。
自我枯渇[編集]
セルフコントロールを意思決定による認知制御において用いていくと、その能力は将来的に枯渇していくという理論がいくつか存在する[22]。自我枯渇(Ego depletion)とは、強いセルフコントロールにはエネルギーと注意力が必要であり、長期にわたってセルフコントロールを要求すると、コントロール力は徐々に低下していくという理論である。この理論は後に、脳波記録検査法(EEG)で脳内の前帯状皮質におけるスパイク発火(エラー関連陰性電位)が対応する脳機能であることが確認された[23]。
この枯渇を補う方法がいくつか存在する。 一つは、高い要求の際には休息とリラクゼーションを取る。二つ目は、特定の行動を使ってセルフコントロールを訓練することで、セルフコントロールを強化する[24]。これは自分の関心分野において衝動をコントロールする難しさがある人の場合、特に有効であるという[25] 他には、我々が欲望に近づく方法を変えることで、望ましくない欲求を克服するという方法もある。
具体例[編集]
1980年代にマシュマロ実験に代表されるセルフコントロールに多くの心理学者が目を向けるようになった[26]。その後の研究で、セルフコントロール能力が生む利益が総合的に評価され、「自己調節の失敗こそが、現代における主要な社会病理である」と結論付けられた[27]。この研究では、高い離婚率や家庭内暴力や犯罪、その他の問題の一因となった多くの例が挙げられている。
学業成績との関連[編集]
セルフコントロール能力が学生の成績を予測する方法としてIQやSATのスコアよりも優れていることが証明された[28]。いわゆる生の知性(問題解決能力や明晰な思考など)も優れているが、セルフコントロールはそれよりも重要なものであった。自分をコントロールできる生徒は授業への出席率も高く、早めに宿題に着手し、よく勉強する一方で、テレビを見る時間は少なかった。
あらゆる領域との関連[編集]
後の研究[29]では、職場でセルフコントロール能力が高い上司は、部下からも同僚からも好意的に評価されていた。セルフコントロール能力が高い人物は感情的にも安定していて、不安やうつ病や偏執病、精神病質傾向、強迫神経症、摂食障害、アルコール依存症その他の問題を抱える傾向が低い。また腹を立てることが少なく、腹を立てた場合にも暴言を吐いたり暴力をふるったりして攻撃的になることが少ないことが示された。日本の研究では、ひきこもりと発達障害の関連性を示す特徴の一つとして、感情や情動のセルフコントロールが困難であるために些細なことで気分が不安定になって落ち込んだり、腹を立てたり無気力になるといった傾向があげられている[30]。
2010年にはニュージーランドで1000人の子供を誕生から32歳まで追跡するという大規模で徹底された調査が発表された[31]。その結果は、セルフコントロール能力が高かった子供は、成人してからの肥満率が低く、性感染症を持つ者も少なく、歯の状態もよいという身体的に健康な状態であることが明らかになった。また、大人になってからも安定した結婚生活を営み、両親が揃った家庭で子供を育てる傾向があった。一方、セルフコントロール能力が低かった子供は、アルコールや薬物の問題を抱えやすく、大人になってから経済的に貧しくなる傾向にあり、子供を1人親家庭で育てる割合が高く、刑務所に入る割合が高かった。この研究の内容は、評価方法は観察、両親・教師・子供本人からの問題点の報告によるもので信頼性の高い尺度であり、知能・社会階級・人種の要素を考慮してもなお、全てに有意の差が見られた。
脚注[編集]
- ^ a b 信田さよ子『アディクションアプローチ : もうひとつの家族援助論』医学書院、1999年6月。ISBN 4260330020。
- ^ Matt DeLisi. “Chapter 10: Low Self-Control Is a Brain-Based Disorder”. SAGE Publications Ltd. 2014年5月4日閲覧。
- ^ a b Diamond A (2013). “Executive functions”. Annu Rev Psychol 64: 135–168. doi:10.1146/annurev-psych-113011-143750. PMC 4084861. PMID 23020641 .
- ^ 杉若弘子「できない,でも(少しは)できるようになりたい:セルフ・コントロールの臨床心理学」『心理臨床科学』第1巻第1号、2011年、17-20頁、NAID 120005640631。
- ^ 杉若弘子『セルフ・コントロールの実験臨床心理学』風間書房、2003年、ISBN 4759913556
- ^ C. E. Thoresen and M. J. Mahoney, Behavioral Self-control, New York: Holt, Rinehart & Winston, 1974, ISBN 0030915228
- ^ 藤野京子「セルフコントロールの概念をめぐって ─ Gottfredson & Hirschi の Self-Control についての心理学的視点からの検討 ─」」『早稲田大学大学院文学研究科紀要』1分冊、2013年2月26日、NAID 120005290651。
- ^ G. R. VandenBos, APA Dictionary of Psychology, Washington, DC: American Psychological Association, 2006
- ^ DeWall, C. Nathan; Baumeister, Roy F.; Stillman, Tyler F.; Gailliot, Matthew T. (2007-01-01). “Violence restrained: Effects of self-regulation and its depletion on aggression”. Journal of Experimental Social Psychology 43 (1): 62–76. doi:10.1016/j.jesp.2005.12.005 .
- ^ Longitudinal Improvement of Self-Regulation Through Practice: Building Self-Control Strength Through Repeated Exercise. (Muraven, M., Baumeister, R. F., & Tice, D. M.)
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- ^ Skinner, B.F. Science and Human Behavior, Chapter XV p. 231
- ^ Skinner, B.F. Science and Human Behavior, Chapter XV p. 233
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- ^ “Prescription Stimulants' Effects on Healthy Inhibitory Control, Working Memory, and Episodic Memory: A Meta-analysis”. J. Cogn. Neurosci.: 1–21. (January 2015). doi:10.1162/jocn_a_00776. PMID 25591060. "Specifically, in a set of experiments limited to high-quality designs, we found significant enhancement of several cognitive abilities. ... The results of this meta-analysis ... do confirm the reality of cognitive enhancing effects for normal healthy adults in general, while also indicating that these effects are modest in size."
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参考文献[編集]
- ロイ・バウマイスター『意志力の科学』、渡会圭子訳、インターシフト、2013年