セバスチャン・サンタ・マリア

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セバスチャン・サンタ・マリア
出身地 チリ・サンティアゴ
ジャンル ソフトロック、ジャズ
活動期間 1959-1996
レーベル Island Records, Plainisphare
共同作業者 ゾンビーズ、フランソワ・リンデマン
公式サイト http://www.pianosantamaria.com

セバスチャン・サンタ・マリア (1959年-1996年)はチリ系スイス人のピアニスト兼作曲家。 1959年チリ・サンティアゴに生まれ、8人兄弟の末っ子。サンチャゴ現代音楽学校へ入学し即興を学ぶ。16歳で地元のジャズクラブなどで生計をたてるようになり、[1]17歳でスイスのスイス・ローザンヌへ移住。1978年UBS優秀賞を受賞し才能を開花させた。[2][3]

初期の活動[編集]

ローザンヌのクラブでピアニストとして演奏活動をはじめ、やがて作曲家として キャサリン・ララやベルナール ラヴィリエ、ヴィクター・ラズロ(アルバム名は"マイ・デリシャス・ポイズン”で曲名は"If I Could Love You More")、イザベル・アジャーニへ楽曲を提供するようになった。[4]

フランソワ・リンデマンとの共演[編集]

ボストンとバークリー音楽院で音楽を学びなおした後再びスイスに戻り、1980年フランソワ・リンデマンとピアノデュオを結成。1982年7月モントルー・ジャズ・フェスティバルで公演を行う。[5]ヨーロッパの批評家たちから『ゴールデン・フィンガーを持つ男』[6]として賞賛され、その活動がやがてユニークなアンサンブル”ピアノセブン”の結成へとつながっていく。[7][8]このコラボレーションはフランスとスイスのジャズ・シーンを大きく結びつける役割を果たした。[3]

ゾンビーズへの参加[編集]

またイギリスのバンド”ゾンビーズ”にも参加し、1991年には『ニュー・ワールド New World』というアルバムで演奏を披露している。ゾンビーズのリード・ボーカルであるコリン・ブランストーンは”彼は世界クラスのピアニスト”と賛辞した。[9] 彼の出身地でもある南米の影響を受けたリズミカルなサウンドはチリを中心に南米で多くの支持を得た。[10]単独でのシングルとアルバムの製作も開始。1994年にファースト・アルバム『ラティーノ』を、1997年にはセカンド・アルバム 『コーパス』を発表した(遺作)。

1996年に副腎白質ジストロフィーのためこの世を去った。[3]

出典および注釈[編集]

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  1. ^ 出典:「ヴォー美術財団の創造と創造のための基金:1997年4月28日〜5月17日のEspace Arlaud展」、ローザンヌ、コートBCUL:1VM 13501
  2. ^ セバスチャン・サンタ・マリア公式サイト”. セバスチャン・サンタ・マリアサイト運営委員会. 2018.6/26閲覧。
  3. ^ a b c ローザンヌ大学図書館セバスチャン・サンタ・マリアの項目”. ローザンヌ大学図書館. 2018年6月26日閲覧。
  4. ^ フランス国立図書館データベース(セバスチャン・サンタ・マリアの項目)”. フランス国立図書館. 2018年6月26日閲覧。
  5. ^ モントルー・ジャズ・フェスティバル(フランソワ・リンデマンの項目)”. モントルー・ジャズ・フェスティバル. 2018年6月26日閲覧。
  6. ^ ローザンヌ大学図書館”セバスチャン・サンタ・マリアの項目より引用 "l'homme aux doigts d'or"
  7. ^ ピアノセブン結成について"Claviers groupés", Le Matin, 1986/12/04, p. 16 "Nuits chaudes à Montreux", 24 Heures, 1984/06/12, p. 47
  8. ^ “Piano Seven: dernier tutti et puis s’en vont” (フランス語). Le Temps(スイス・新聞). (2017年3月8日). 2017-3-8. https://www.letemps.ch/culture/piano-seven-dernier-tutti-puis-sen 2018年6月26日閲覧。 
  9. ^ The Zombies' lead singer Colin Blunstone: "He was a world class piano player !" [1]
  10. ^ Gianadda, Jef, "Adieu l'artiste!", Le Matin, 1996/10/24, p. 17. Binggeli, Isabelle, "On the road again", Le Matin, 1991/07/01, p. 31

外部リンク[編集]