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スルタン・マフムード (西チャガタイ)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
スルタン・マフムード
西チャガタイ・ハン国のハン
在位 1388年 - 1402年

死去 1402年
家名 オゴデイ家
父親 ソユルガトミシュ
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スルタン・マフムード(? - 1402年)は、西チャガタイ・ハン国のハン(在位:1388年 - 1402年)。

生涯

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ソユルガトミシュの子。

1388年に父が死去したため、後を継いだ。父ソユルガトミシュはティムールの武将として活躍した後ハンに擁立されており、マフムードも父の跡を襲ってハンとなり武将として活躍した[1]。マフムードはティムールに従ってインド遠征や7年戦役に従軍し、アンカラの戦いにも参加してオスマン朝バヤズィト1世を捕らえるという功績を立てている[2][3]。だが、その直後に急死した。

マフムードの死をティムールは深く悼んだが、西チャガタイ・ハン国の君主はティムールによって擁立されることもなくなった。その理由は明確ではない[3]

系図

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脚注

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注釈

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出典

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  1. 川口『ティムール帝国』pp.53-4
  2. ラフナマリエフ「チムールの帝国」p.112
  3. 1 2 川口『ティムール帝国』p.54

参考文献

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  • R.ラフナマリエフ(加藤九祚訳)「チムールの帝国」加藤九祚編『アイハヌム2008』2008年、東海大学出版会
  • 川口琢司『ティムール帝国』2014年、講談社
先代
ソユルガトミシュ
西チャガタイ・ハン国のハン
1388年 - 1402年
次代