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スムガイト

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
スムガユト
Sumqayıt
アゼルバイジャンの旗
スムガユトの市章
位置
スムガユトの位置の位置図
スムガユトの位置
座標 : 北緯40度35分23秒 東経49度40分27秒 / 北緯40.58972度 東経49.67417度 / 40.58972; 49.67417
歴史
建設
地理
面積  
   96 km2
人口
人口 (2008年現在)
   357,900人
その他
等時帯 AZT (UTC+4)
夏時間 なし
公式ウェブサイト : http://www.sumqayit-ih.gov.az

スムガユトアゼルバイジャン語: Sumqayıt)、あるいはスムガイトロシア語: Сумгаит)は、アゼルバイジャン共和国の都市。SumgaitSumqayytの表記も見られる。カスピ海に近く、首都のバクーの北西30キロメートルに位置する。

歴史

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1580年に定住が始まったとされるが、1920年代ソヴィエト連邦の支配下になるまで見るべきものは何もない。

1935年、ソ連はアブシェロン半島に重工業を配置することを決定し、バクーへの近さや鉄道が走っていたことから、現在のスムガイトの地が選ばれる。まずバクーの石油産業に電力を供給するため、火力発電所が建設され、第二次世界大戦をはさんで、金属工学化学工業の工場が建設された。続々と住宅も建設され、1949年には市に昇格する。

しかし、同時に環境汚染が深刻化し、アゼルバイジャン独立後は、同国で最も環境破壊が深刻な地域となり、重工業も低迷した。2007年には雑誌「タイム」で「世界で最も汚染された都市」の1つに選ばれた。

地理

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北から時計回りに

に接する。

交通

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スムガイト市電が1959年に開通したが、2003年までに廃止された。

スムガイト暴動

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1988年2月29日、市内の路上やアパートで、アルメニア人住民に対するアゼリー人の群集の襲撃事件が発生、警察が傍観したことから、アルメニア人・アゼリー人双方の殺戮に発展した。暴動は3日間続き、負傷者2,000人、死者32人(アルメニア人26人、アゼリー人6人)を数えた。この事件の後、全てのアルメニア人が町から脱出した。

アルメニア人とアゼリー人の抗争はナゴルノ・カラバフ戦争に繋がり、ナゴルノ・カラバフ戦争でナゴルノ・カラバフ自治州から難民となったアゼリー人の多くがスムガイトに移住してきた。

気候

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スムガイトの気候
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
平均最高気温 °C°F 6.7
(44.1)
6.3
(43.3)
9.8
(49.6)
17.0
(62.6)
22.5
(72.5)
27.6
(81.7)
30.7
(87.3)
32.0
(89.6)
26.0
(78.8)
19.5
(67.1)
15.9
(60.6)
9.3
(48.7)
18.61
(65.49)
平均最低気温 °C°F 1.3
(34.3)
1.1
(34)
3.4
(38.1)
8.6
(47.5)
13.8
(56.8)
18.8
(65.8)
21.7
(71.1)
21.8
(71.2)
18.2
(64.8)
12.5
(54.5)
10.1
(50.2)
3.6
(38.5)
11.24
(52.23)
降水量 mm (inch) 24
(0.94)
20
(0.79)
23
(0.91)
40
(1.57)
36
(1.42)
31
(1.22)
14
(0.55)
14
(0.55)
21
(0.83)
33
(1.3)
32
(1.26)
25
(0.98)
313
(12.32)
出典:Climate-Data.org[1]

姉妹都市

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スムガイト出身の人物

[編集]

脚注

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  1. Climate: Sumqayit”. 2021年11月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年4月14日閲覧。